小説

『アプリ越しの愛』星野梨音(『痴人の愛』)

「ごめんね、今急いでるの。」
 鈴木くんに言葉をかけるのに、どのような言葉が適切であるか熟考したっかったのですが、舞の目がありました。私は、鈴木くんにそっけない態度をとることしかできませんでした。鈴木くんが私と出会い系アプリの美香の繋がりに気づいているとは思えませんが、パオラバを本当は全然知らないということがばれてしまうのではないかと危惧しました。私は、鈴木くんと話をする資格があるのでしょうか。

 「女の子に話しかけてみたけれど、だめでした。やんわりと頼み事を無視されてしまいました。僕、やっぱりまだかっこよくないんですかね?」
 私には、鈴木くんが私の指示に従ってくれているということに対する満足感は確かにあったので、次の手を提示することにしました。美容院で見せると割引になる会員割引の画像を送りました。
「ここ、このクーポン見せれば安く行けますよ。この画像の人みたいにしてくださいって言えばどうでしょう。」
 私が送った画像は、ミスターコンテストに出場したという先輩のものです。髪型に特にこだわりはありません。ミスターコンテストに出るくらいなら、おしゃれな髪型なのだろうと思います。どのような髪型がその手に映えるかということになりますと、少し難しいものがあります。

 次の週、暗い茶髪に染め、弱くパーマをかけ、ワックスでセットされた髪型の鈴木くんがまたしても授業に遅れてきて、真ん中ほどの席に座りました。私は、その髪型と黒ずくめのファッションを見て一人にんまりとしました。ただ、何かが足りないのです。かっこよく見せたいと努力する人が自然と身につける格別感のようなものが、彼には見受けられないのです。
「舞、今日のネイル可愛いじゃん。」
 隣の席で、芽生と舞が話しています。舞は、紺のグラデーションに所々銀色の小さな粒が混じった宇宙のようなネイルをしていました。
「可愛いね。」
 そう言った私は、気がつきました。鈴木くんの手をきらびやかにすればいいのです。手を飾るという意味ではありません。元から宇宙のように深遠な手なのですから、私はそれが映えるようにすればいいだけのことなのです。

 夏休みに入りました。私は、必死でパオラバの勉強を続けます。そのうちに、だんだんとおしゃれに対する興味がなくなってきました。家の中からほとんど出ないので、化粧をしたり髪を巻いたりする必要もありません。
「これが、話し方のサイトで、これが発音の仕方サイトです。」
 私は、元ナンパ師が立ち上げたサイトを紹介しました。それは、友人の家に泊まったときに見つけたもので、怪しくはあるものの大いに話の種になったものでした。
 夏休み、私はこれまでと違い、友だちとの遊びの予定を入れなかったものの、休み明けに鈴木くんがどんな素敵な人になっているかを想像すると楽しい気分に浸ることができました。
「あと、なるだけ腕でとまる素材の服を着て、腕まくりをすると男らしくなると思いますよ。」

 夏休みも中ごろを過ぎ、秋の気配が見え始めたある日、鈴木くんからメッセージが届きました。

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