小説

『アプリ越しの愛』星野梨音(『痴人の愛』)

 私が勇気を出して「ちょっとお金待ってほしい」と言ったなら、「未来のこと考えてお金使いたいの?永遠なんてないんだから今の気持ちを信じればいいんだよ。大丈夫だよ。」となぐさめられるような羽目になります。彼には、私が本当にお金がないということがぴんと来ないようなのです。しかし私にとっては鈴木くんの言葉の響きこそが現実として響いてくるのであり、他はどうでもよいことです。私は、彼の手を見るためならどうなってもよいのです。私は彼を心から愛していると、今こそ証明できるのでしょう。

「俺をかっこよくしてくれて、感謝してる。」
 夏休みの最後の日には、そんなメッセージが届きました。私は、振り込めるお金が貯まっているのを確認してから、電話をかけました。殊更に暑い日でした。珍しくつけたエアコンによって部屋の温度が下がりすぎて、私の手足は冷たくなっていました。
「あの、。」
「何?」
「あいしています、。」
「は?何言ってんの?」
 私は、鈴木くんの唇から発せられた言葉が神々しく思えました。私は立ってはいられなくなりその場に崩れ落ちました。自分の呼吸が浅く、早くなっているのを感じます。痛みつけられることさえ愛おしく、私は自分の心の傷を鈴木くんの化身のように愛でました。
「俺ら、そんな関係じゃないっしょ?」
「そうですね。」私は声を絞り出しました。
「何その声。俺が悪者みたいじゃん。恋愛感情持ち込んでくるなら、もう電話しないよ。俺アプリ退会するわ。」
 太陽が陰り、部屋がすっと暗くなりました。私は、体温が一気に下がるような奇妙な感覚を感じました。鈴木くんと築いてきた繋がりがなくなったら、私は一体どのように暮らしていけばいいというのでしょう。私の唯一の生きがいである鈴木くんこそ、私の現実であり宗教なのです。
「あなたの手が好きなんですよ。その手で私に触れてください。画面越しでいいですから。」私は口走っていました。
「は、きも。怖いんだけど」
「…ごめんなさい冗談です。いくら必要なんでしたっけ?」
「ああ、ええとねえ、、。」
 日常は続いていきます。少なくとも、鈴木くんの声のトーンはずっと変わりません。私は、ただ毎日を生きていくのみです。

 
 夏休み明けの待ちに待った水曜日、私がいつも座っていた席のあたりには大勢の男子が座っていました。友人たちの姿は見えません。私は、仕方なく開いていた一番前の席に座りました。パオラバについて、何でも答えられるほどに勉強した私にはその席が一番お似合いなのかもしれません。パオラバについて納得はしていませんが、文献は全て読み終わり、私はそれについていろいろな派閥があることも学びました。

 私は、ふとSNSを開きました。もう随分長いこと見ていませんでした。するとそこには、今年のミスターコンテストに出場するという鈴木くんと芽生のツーショットがありました。
「my sweat darling」の文字が入った写真です。

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