小説

『アプリ越しの愛』星野梨音(『痴人の愛』)

 少ししてから、鈴木くんから初めて絵文字付きのメッセージが返ってきました。「あなたは、すごい人です(にっこり)みんなパオラバの話になると自分の考えを話すのに必死で、人の言うことなんて聞かないのに、あなたはいとも簡単に僕の話を肯定するんですね(キラキラ)」
 私は、なんだか居心地が悪くなり、話題を変えることにしました。
「どうしてこのアプリをやっていらっしゃるのですか?」
「女の人と話すのが苦手で、ここで練習したいと思っていまして。」
 話題の転換が無事図れたことに胸をなで下ろすと同時に私は、鈴木くんの心のうぶなことに歓喜しました。次のメッセージを考えることに自然と真剣になります。

 次の日、お昼休みに芽生が私にあるアイドルの写真を見せてきました。
「この子、美香と似ててマジかわいい。この子の彼氏の方も、見てよ。美男美女カップルじゃない?」
「ええ、似てないよ。でも彼氏イケメンだね。」
 そう言ったものの、私はそのアイドルに私の顔と似たところを認めました。彼氏の方は、服装はキマっているものの、女の肩を抱いている手がごつごつしすぎていて不格好です。私は、その写真の横に鈴木くんの写真を合成したくなりました。

「おしゃれしてみたら、自分に自信がついて女の人と話せるようになるかもしれませんよ。」
「それは、僕も同感です。しかしやり方が分からないのです。」
 なんて愛しいのでしょうか。パオラバについては詳しい鈴木くんですが、おしゃれに関しては全くの素人なのです。私は、鈴木くんにシンジ・ヤマモトの服が安く買えるサイトを教えてあげました。と同時に、自分の手持ちの服などを売ることのできるアプリをも教えてあげたのです。
「パオラバの話を聞いてくれたあなたの言うことなら、信じてみたいと思います。」

 次の日、学校に行くと、鈴木くんはまだ授業に来ていませんでした。一番前の席は、空っぽのままです。遅れてきた鈴木くんは、白いシャツにレザージャケット、ダメージジーンズを履いて、真ん中あたりの席に座りました。
「おはよ!美香、寝不足?ファンデのノリ悪くない?」
 隣に座った舞が、私に話しかけてきます。
「そうかな、今日寝坊しちゃったんだ。」
「わかる、飲みの次の日って眠いよね。」
 私は、決して昨日、飲み会に行っていたわけではありません。ただ、今までは化粧にムラがあるときは飲み会の次の日と相場が決まっていましたので、舞がそう思うのも尤もなことなのです。
 授業が終わると、前の席から、鈴木くんがフラフラと歩いてきました。ぶら下がった両手は、空気を巻き上げて輝かせているようです。ぴたりと私の前で両足を止めた彼は、はおずおずと私言いました。
「非常に申し訳ありません、、先週のノートを、拝見させていただいけませんでしょうか?」
 舞が、怪訝な目でこちらを見ています。私は痛いほどその視線を感じました。

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