小説

『きつね』森な子(『民話:妖狐』)

 それから、歩は両親に連れられて家に帰った。翌日再び山へ行ってみてもヨーコの姿は見つからなかった。いつもいる祠は、まるで確かにそこにいた何かが消えてしまったかのように色をなくして見えた。
「狐に助けられたのよ、私」
 ある日、茜はそう言った。あの一件以来ヨーコはクラスの友達とすっかり打ち解け仲良くなっていた。その中でも特に茜とは馬が合った。茜は言った。歩にはずっと話そうと思っていたと。
「狐に……?」
「うん。あの日、確かに小さな狐がいた。その狐が、私のこと、助けてくれたの」
「どうやって?」
「さあ……。でも、なんだか、たくさんの動物の鳴き声が聞こえた。私、とても怖くて、速足で山を下ったの」
 それきり茜は黙ってしまった。
 歩はヨーコに会いたかった。会ってお礼を言いたかった。来る日も来る日もヨーコを探した。けれどヨーコは姿を現してはくれなかった。
「こういうのをきっと、人は狐につままれた、っていうのね」
 茜が言った。そうかもしれない。ヨーコは飄々としていたし、もしかして最初から最後まで自分をからかっていたのかもしれない。
 けれど歩は知っている。あの祠にいた優しい神様のことを。きっとずっと覚えている。自分の心を救ってくれた妖狐のことを。
 おーい、と声が聞こえる。早くこいよ、ドッヂボールしようぜ。それから、こいつも仲間にいれてほしいんだって。
 見知らぬ女の子がそこにいた。なぜだろう、懐かしい感じがする。
 歩は、今行く!と叫んで、友達のもとへ走り出した。

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