小説

『きつね』森な子(『民話:妖狐』)

「あなただって子供でしょう、放っておいてよ」
 少女はヨーコからぷいっと顔を背けた。
 放っておいて、って言われたって、ここが私の家なんだけどなあ。ヨーコは困ってしまった。すっかり日が落ちて辺りは真っ暗だ。よく見ると少女は微かに震えていた。無理もない、夜の山は冷える。人間には、まして子供にはなかなか厳しいだろう。
「家に帰りたくない事情があるのか」
 仕方ない、と思いながらヨーコが聞くと、少女はちらっとこちらを見た。
「……みんな私のことが嫌いなのよ。私がいらない子だから」
 少女は言うきり、三角座りをして蹲ってしまった。なんだそりゃあ、とヨーコは思った。
「いらないって、どういう意味だ。誰かがそう言ったのか」
「言わないけど、でもわかるよ。ママが死んで、パパは再婚したの。新しいお嫁さんがこの間子供を産んで、その子は男の子で、毎日ぎゃんぎゃん泣いてる。それで、二人ともその男の子に夢中なの。私、家の中で透明人間みたいなのよ」
「ははあ。継母にいじめられているのか」
「ままはは……?ままははって、シンデレラに出てくるやつのこと?」
「しんでれら……?」
「シンデレラ、知らないの?」
 少女はそこで緊張が解けたようにヨーコのことを見た。大きな瞳に白い肌。小生意気だが、なかなかかわいい子供だ、とヨーコは思った。
「知らないなあ。それは面白いのか?」
「うん、面白いよ。ママが生きていた時、寝る前によく読んでくれたの」
「私に母親はいないからなあ」
「……そうなの?じゃあ、パパは?」
「それもいないよ。もうずっと前に死んでしまったんだ」
「じゃああなた、どうやって暮らしているの?」
「一人で暮らしているよ」
 ヨーコが言うと、少女は本当に驚いたように目を見開いた。そんなことできっこない、とでもいうような目でヨーコを見たが、あっけらかんとした様子のヨーコを見て次第に信じたようだった。
「服や鞄についた泥は、その継母にやられたのか?随分幼稚なことをするなあ」
「あの人はそんなことしないよ。これは学校の子にやられたの。私、転校生で、クラスになじめなくて、それで……」
「大体わかった。そんな恰好で家に帰りたくないわけだ」
 ヨーコが言うと、少女は黙った。図星だったようだ。
「仕方ない。髪は結びなおしてやるし、泥はそこの川で落としていけばいい。少し冷たいが我慢しなさい。それで、もう遅いから家に帰るんだ」

1 2 3 4 5 6 7