小説

『きつね』森な子(『民話:妖狐』)

「あと一人の居場所がわかった。大丈夫、きっと連れ帰る。歩、お前、何度もきているから出口がわかるな?ほかのみんなと山を出るんだ。手を繋いで、一列に歩くんだよ。いいね」
「で、でも……」
「これはお前にしかできないことだ。頼んだぞ」
 歩はヨーコの目をしっかり見て、力強くうなずいた。その瞳はもう涙に濡れていなかった。
 ヨーコは狐の姿に戻って化け猫の洞穴へ足を踏み入れた。運のよいことに猫たちは不在で、一人の少女がすやすやと眠っていた。
「おい、帰るぞ。みんな心配しているよ。ああ、眠らされているのか……」
「ん……?」
「起きたか。さあ、立って歩きなさい。そして、この道を真っすぐ行くんだよ。途中で振り向いてはいけないよ」
 少女は夢うつつ、といった様子で頷いた。ふらふらと足取りがおぼつかないので心配だったが、言われた通り真っすぐ歩いていくのを見て、ヨーコはほっとした。
 そうして、こちらをずっと睨みつけていた猫たちを、どうにかしなくてはいけないなあ、とぼんやり思った。

 

「茜!どこにいたんだよ!」
 歩は、山から出てきた一人の少女の姿を見て、思わず腰がぬけてしまいそうなほどほっとした。他の子たちが泣きそうになりながら少女に駆け寄るのを見ながら、古風な話し方をするもう一人の少女を探した。
「あれ……?ヨーコは?」
 しかし歩の声は後ろから聞こえるたくさんの声にかき消された。子供の一人が携帯電話で親に連絡をしたのだ。クラスの友達と山で遊んでいたら、一人見つからなくなった。その情報が広まり、保護者たちが大騒ぎで集まってきた。
「この馬鹿、子供だけで山へ入るなって言っただろ!」
「由里ちゃん、怪我はない?無事でよかった!」
 騒がしい声を聞きながら歩は、信じられないものを見た。
「歩!」
 自分にむかって走ってくる二つの影。父と、新しい母。母は胸に弟を抱いている。どうして?唖然としながら影を眺めていると、痛いくらい力強く抱きしめられた。
「馬鹿、心配しただろう!」
「歩ちゃん、大丈夫?どこか痛いところはない?」
 二人はいっそ泣き出してしまいそうだった。本当に気遣うようにこちらを見つめる視線を浴びて、歩はなんだか耐えきれなくなって泣き出した。そうして何度もごめんなさい、ごめんなさい、と謝った。二人は困惑した様子で歩を見つめた。
 本当はわかっていた。父が自分を大切に思ってくれていることも。新しい母が自分と本当の家族になろうと歩み寄ってくれていたことも。けれど自分の気持ちを大切に思ってか無理やり距離をつめてくるようなことはしなかった。ずっとそういうものから目を背けていた。こんな感情は知らなかった。胸が痛くて、嬉しいんだが情けないんだか、張り裂けてしまいそうだった。

1 2 3 4 5 6 7