小説

『六徳三猫士・結成ノ巻』ヰ尺青十(『東の方へ行く者、蕪を娶ぎて子を生む語:今昔物語集巻廿六第二話』『桃太郎』)

 猫族の中には口を火傷し血尿を垂れながら耐える者もあったが、遠からず病みあるいは去って、集団の長に出世することはまず無い。かくて芋煮汁は熱々の辛々のまま、連綿と受け継がれていく。
「まったく、もう、鬼みたいな土地柄ですよ、鬼」
 雉が憤るのに猿&犬がうなずく。
 そう言えば、魔羅丘の魔羅だって鬼神みたいなもんだし、鬼多神川とか鬼首・鬼越・鬼怒川に鬼沢と、東北は鬼絡みの地名であふれかえっている。金の裏の合戦以降、鬼角一族の支配が続いたしるしだ。
「やっとわかりましたよ」
 今や猿橋は確信した。この猿は特命を帯びてニタニ精機から飛んできた。元々は家庭用の血圧計などを製造販売する会社なのだが、その社員食堂の減塩ロカボ献立が評判となり、全国にニタニ食堂を展開している。業績右肩上がり、絶好調。
 ところが東北地方だけは例外で、秋田と青森では早々に撤退を余儀なくされ、魔羅丘店も瀕死であった。そこに梃子(てこ)入れするのが猿の任務なのだ。
 着任早々、客を装って食べてみたが東京本店と変わらず美味しい。なのに何故?
 そう、〈なのに〉ではなく〈だから〉なのだ。東京と同じ味付けだから魔羅丘では客が来ないのだ。だからと言って、魔羅丘店だけヘルシーをやめるのはニタニの哲学に反して、できない相談だ。前途は暗く、手詰まりか。
 猿は顔を曇らせ、雉&犬は慰めるように『猫又』を注いでやる。
 それはいいのだが、犬&雉はさっきから尿意を催していた。便所が空くのを待っているが、ずいぶん前に鯖猫柄のニットを着た年増が入ったきり出てこないのだ。
 しょうがない、外でやっちゃいますか。雉と犬、ふたり連れだって暖簾をくぐり、猿も後に続いた。

【@ワインバー『山猫』】
 じょうじょう、しゃあしゃあ、たらたらたら。猿>犬>雉、尿圧に応じて放尿音と所要時間が決定される。年寄りの雉ノ又の股の内で、肥大した前立腺が尿管を圧迫しているのはあきらかだ。延々と垂らし続けてるのを横目に、犬丸が雫を切りながら、
「転生って信じますか?」
 唐突に問われて、雉も猿(排尿機格納済み)も返事のしようが無い。
「いえね、マニラにいる時、言われたんですが」
 エリサ・クワァン・パック(29歳7ヶ月・当時)、大学院で三島由紀夫を研究していた。『豊饒の海』第三巻『暁の寺』に出てくる〈脇腹の黒子〉の話が好きで、それが転生の徴(しるし)だというのだ。
「『カントのこれもそうなんじゃないの』なーんてね、はっはっは」
 ベッドで戯れている際、エリサが気づいたのに、犬丸のホーデンザック裏が黒いのだ。
「ははは、まさか、そんな、ねえ」
 そのまさかである。
 猿も雉も、同じく裏黒なのを告白して三人意気投合、バーで飲みなおす。 

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