小説

『六徳三猫士・結成ノ巻』ヰ尺青十(『東の方へ行く者、蕪を娶ぎて子を生む語:今昔物語集巻廿六第二話』『桃太郎』)

 あ、言い忘れましたが、この子はシンプルに太郎と命名されましたのじゃ。なのでフルネームは猫丸太郎という。
 くつくつ煮えたのを椀によそって、ふうー、ふうー、ふうー。さらに匙ですくっては、ふうー、ふうー、ふうー。
 一等大事な跡取りに火傷をさせては一大事と、婆は念を入れて粥を吹き冷ます。最終的にチェックしようと自らの口に含むや、
「あちっ」
 婆は猫舌であった。
 いかん、いかん、気をつけねばとて〈5ふう〉を追加投入し始めたところ、途中で息は切れるは立ちくらみはするはで卒倒、見かねて爺が冷却作業を交代したものの、婆ほどにも息が続かなくて3吹きでギブアップする。
 婆が再交代して〈3ふう〉を再追加して、自身の口内にて再検温すると、よしよし、これでよし、もう大丈夫じゃ、十二分に冷めてる。太郎の口に入れた。
「ひんっ」
 途端に太郎、顔をそむけて吐き出すや、あじいぎゃあじいぎゃ、非難するごとくに喚く。
〈あ、もしかしてこの子は〉
 婆と爺は顔を見合わせた。
 そもそも爺婆自身が大の猫舌であったところ、どうやら太郎はそれを凌駕するスーパー猫舌らしいのだ。猫舌こそは猫丸一族の血の徴(しるし)、爺婆は手を取って喜んだ。
 それだけでない。太郎は次第に仰向けを嫌い、うつぶせになって香箱(こうばこ)座りをするようになった。ネコが前足を胸毛の奥へ折り曲げてつくばう姿勢であって、これもまた一族の遺伝体質なのだ。
 極めつけは金の裏じゃ。
「あなやー、爺さん、来て見てたもれ」
 ある日、オシメを代えていた婆が叫んだ。左手で太郎の両足首を持ち上げ、右手で汚れを拭い清めていると、自然にそれが目に入る。
 すなわち独逸語で言うところのホーデンザック、つまりはジパング語の陰嚢、それの裏が真っ黒い。
「婆さんや、この子は猫も猫、上級猫族に決まりじゃ」
 そう、同じ猫丸一族でも、血の純粋さに幅があるのだ。猫舌・香箱座り・黒金裏の三徳を最高度に備えたのが上級猫族で、以下、中猫と初級猫が続く。
 この他にも猫族には徳が三つ備わって、先ずは〈猫肌〉。すなわち全身が猫舌状態なので熱い湯に入れない。
 加えて、そもそも水に濡れるのを好まず、スイミングプールやバスタブに入るのを億劫がる。
 さらには〈猫口〉で、塩辛い味付けを嫌う。魔羅丘ラーメンなんか食べたら覿面に腎臓をやられる。
 これらの六徳すべてを最高且つ完全に具現して、太郎は最上級猫族に育って行った。それもそのはず、婆が食したのは猫族の長、種盛のオタネサマであり、太郎は純血のサラブレット猫なのである。
 対照的に、他所では駄猫も誕生していた。

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