小説

『六徳三猫士・結成ノ巻』ヰ尺青十(『東の方へ行く者、蕪を娶ぎて子を生む語:今昔物語集巻廿六第二話』『桃太郎』)

 まず、桃太郎だが、桃に仕込まれた猫丸捨三の子種が発芽して産まれた。捨三はいちおう猫丸一族であるとは言え末端の末端、下下下の猫族みたいな者であった。性格も狂暴無慈悲にして強欲であったところ、子もそれを受け継いで、平和な島を犬猿雉の混成傭兵部隊指揮して急襲。無辜の島民を女子供に至るまで殺戮したうえ金品強奪したのは周知の通りである。
 他方、猫丸留吉の子種が仕込まれた大根からは根太郎が出た。留吉も最下級猫族なうえに稀代の怠け者であったところ、息子は輪をかけてグータラ寝てばかりいたので、いつしか寝太郎とか三年寝太郎に転じたという。
 蛇足ながら、ウルトラの母もオタネサマを食べて、ウルトラ・マンタロウを産んだ。

【21世紀@蕎麦処『ねる駒』】
「では冷かけ一つと大根鬼おろしを三つ、汁を薄めですね」
 小上がりに膝をついて店員が復唱する。
「いや、あの、〈薄め〉じゃなくて〈薄く〉でお願いします、〈薄く〉ね」
「はあ、はい」
「あっ、それから、蕎麦湯は先にください」
 嫌な客だ。
 人一倍うるさい注文をつけるくせに、使うカネは誰よりも少ない。毎度のこと合計500円税別で、平均的な客単価の41パーセントにも及ばない。しかも、手のかかる物ばっかりを頼む。
 まず〈冷かけ〉だが350円也。これは冷たい掛け蕎麦のことであり、冷たい汁たっぷりの中に冷たい蕎麦が浸かって、暑い時期に人気のメニュウである。
 既に秋も終わりで、品書きからはとっくに削除されているのもお構い無し、凍てつく冬であろうと何だろうと、この客は一年中、冷かけ一本槍で通すのだ。この男ひとりのために、店側は掛け汁を冷やさねばならない。
〈鬼おろし〉もまた店泣かせ、50円也のサーヴィスメニュウ。特注の竹製おろし器で作られる、クラッシュド・アイスならぬクラッシュド大根みたいな特製おろしだ。普通のおろし金で作るのに比べて何倍も力が要るから女性店員たちには無理で、店主自ら息を切らし汗かいて作業せねばならない。一度に三人前も頼まれては堪らぬ。
 この客、犬丸完人(かんと)51歳、店の迷惑にも悪びれること無く、平気の平左でオーダーするのだ。どころか、そういう自分を粋な通(つう)だと勘違いしているから始末に負えない。
 19時3分を回ったばかりのところ、『ねる駒』はほぼ満席で、犬丸は相席を余儀なくされていた。誇らしげに注文を終え、ひとり悦に入っていると目が合い、
「いや、どうも、いつもこうなんですわ、わたし」
 問わず語りに言い訳じみたことを始めて、自惚れが強いくせに人目を気にする奴だ。魔羅丘に飛ばされて4年7ヶ月が経った。
「〈薄めに〉って頼みますと、まあ、だいたい27%くらいしか薄めません。ガツンとキッチリ〈薄く〉って言うと52%になります」

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