小説

『六徳三猫士・結成ノ巻』ヰ尺青十(『東の方へ行く者、蕪を娶ぎて子を生む語:今昔物語集巻廿六第二話』『桃太郎』)

【昔々その三】
 婆と爺は死の床にあった。
もはや爺は虫の息で口がきけず、婆が太郎に遺言をしている。
「よいか、太郎や、お前はウルトラ上級猫族の血筋を残すのじゃ。同じ猫族を娶って子をもうけるのじゃ」
 今や15歳になった太郎、婆の手を握りながらうなずく。一族の歴史については幼き頃からよく言い聞かされていた。
「この先、〈猫丸〉の姓は秘さねばならぬぞえ。テキトーに別姓を名乗るのじゃあ」
 婆の手から力が失せていく。
「神棚の奥を見るのじゃ」じゃあ、バイバイ。
 ウィンクして婆は逝き、待たずに爺は息絶えていた。
 さっそく引っ張り出して見ると、達筆で書いてある:

〈猫丸族と鬼角族の判別レシピ:
➀冷めていて薄味の団子=ひやうす=猫猫団子
➁冷めていて濃い味の団子=ひやから=猫鬼団子
③熱々で薄味の団子=あつうす=鬼猫団子
④熱々で濃い味の団子=あつから=鬼鬼団子
 以上を試して、➀を好む者を友とし嫁にせよ。決して④に近づいてはならぬ。太郎ちゃんへ、グランマより💛😽〉

 つまり、不倶戴天の敵である鬼角一族は、猫族とは真逆に鬼舌の鬼口、すなわち熱くて塩辛い味付けを好む。聡明な太郎はすぐさま理解して実行に移し、子孫が受け継いで血脈を繋いだという。

【再度@『ねる駒』】
「厚労省も法務省もわかっとらんのです、まったく」
 雉ノ又がバーコード頭テカらせて熱弁をふるう。純吟『猫又』が回って、拡充した血管がこめかみに浮き出て来た。
「〈塩ハラ〉や〈熱ハラ〉なんか訴えても聞く耳持たん」
 もう十年以上も前から、こういう相談が相次いでいて、雉ノ又も相手の職場に対して助言指導を行ってきたところであるが、いかんせん、助言指導は助言指導に過ぎなくて、労働局は強制力を持たない。犬丸と同様のもどかしさに悲憤慷慨しきりだ。
 大体にして、セクハラやパワハラ、マタハラにモラハラなどが広く認知されて訴訟案件になりえているのに対して、塩ハラも熱ハラもそもそもハラスメントと名づけられてすらいないのだ。
 雉ノ又の元には、特に10月になると、こういった相談に訪れる労働者が急増する。職場で芋煮会(いもにかい)が催されるせいだ。
 タネッコ流し同様、東北地方の伝統行事であって、集団で河原へと出向き、里芋を中心とした具材を汁に煮る。これがまた、しょっぱい、しょっぱい、熱いは熱いはで、猫族にとっては死ぬほどの難儀である。
 会には厳しい掟があって欠席は許されず、必ず集団の長が最後に味をつける。これを薄めたり冷ましたりするのは御法度で、受け取るや否や二拍手一拝して17秒以内に完食しなければならない。掟を破ったら最後、追放もしくは村八分にされて、猫族排除のためのシステムとして機能していた。

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