「そうか僕じゃなくて僕の歌のね」と僕は、わざとちょっと意地悪に言ってみた。
横を見ると彼女はなにか考えているようで、すぐには返さなかった。実際彼女は僕と言う人間にはそれほど興味がないのかも知れない。
「夢のよう」
「えっ?」
「夢のよう… だって今こうやって純さんと隣り合って話してるなんて、ほんと夢のよう」
「ありがとう」と僕は彼女の「夢のよう」と言う言葉に感動を覚え言った。どう言ったわけだか自分でも分からないほどに感動して、涙腺が緩むのをぐっと堪え、グラスに残ったラムを飲み干し、カウンターの向こう二杯目をたのんだ。
「ちょっと尋ねてもいいですか?」
「どうぞなんだって」
「じゃあ。えっと、初めて聴いたときすぐに思ったんですけど私、純さんの歯車は芥川の歯車をモチーフにして作ったんだろうって。違いますか?」
「芥川って芥川龍之介?」
「ええもちろん芥川龍之介の小説の」
「ごめん、小説とかってほとんど読まないから…… 芥川の歯車って小説がある事すら知らなかった」
「じゃあ私の勘違いと…… 」
「言う事になるね。彩乃ちゃんは小説とかよく読むんだ」僕は初めて彼女の名を言葉にした。
「うん、わりと読むほうだと思う」
「その歯車は面白いのかな?」
「面白い… と言うか、私は好き」
「そうか僕も読んでみようかな」
実際僕は、その芥川龍之介の書いた歯車と言う小説に多大なる興味がわいていた。
「それなら電子書籍で無料で読めるわ」
「いや、なんとなく紙の本で読みたい」
デジタルなものがあまり好きでない僕はそう思い言った。
「そうね私も本当のところそれがいいと思う。歯車と言えば私、まだ誰にも話した事ないんだけど…… 」なにか彼女は僕に話そうとした。
「うん、歯車がどうした?」
「ごめんなさい。やっぱりやめとく」
「なにか秘密かな」
「うん…… 」
「ギア」僕は呟いた。
「ギア?」彼女が尻上がりに疑問符をつけ繰り返した。
「そう歯車。ところで彩乃ちゃん、僕とまた会ってもらえるだろうか?」