小説

『ギア』広瀬厚氏(『歯車』)

「それでそんなんだから、芥川龍之介の歯車を初めて読んだときなんだかすごく惹かれて。その惹かれたのとまったく同じような思いが純さんの歯車を聴いたときしたから、きっと歯車を読んで曲を作ったんだわって勝手に思いこんだ… と」
 僕はステージの上から、フロアにじっと立ち僕の歌に耳を傾けている彼女の姿を見て心を奪われた理由が、はっきりと分かったような気がした。それは縁であり、必然的な出会いであったと今信ずる。僕は彼女に聞いた。
「それでその歯車になるとそれは苦しいのかな?」
「いやとても幸せな気持ちになります。みんな繋がっていて安心で満たされて… だから芥川の歯車を読んだときも純さんの歯車を聴いたときも、なんだか私とても可哀想な思いがして、切なくてたまらなくって」
「そうかそうなんだ」
 絶えずまわる半透明の歯車を視野に唯ぼんやりした不安を抱いて服毒自殺。
 僕は…… 刹那にして永遠、確然たるギアとなり、ギアがつかめず、ギアに苦しみ、三十にして。
「実は今日誕生日なんだ。ちょうど三十になる」
「えっ! 本当に? お祝いしなくちゃ」
 僕は、まだ回り続ける世界の中で回り続けようと思う。

1 2 3 4 5 6 7 8