雑踏を歩いていたらある男の人の青いリブ編みのセーターから糸がでているのが見えた。あの日の糸に似ていた。
その人はくるりと振り返って。
「糸みえるんだ? こんどは間に合ったね。でもねここはシャバじゃないんだな」って笑った。
神田蛇。通称カンちゃんだった。
「シャバじゃないの?」
「ちがう。すっごっく似せてあるけど。まぁなんていうかパラレルワールド的な?」
ちいさな道の横町を右にまがって通りの店の裏辺りから流れてくる換気扇のこもった匂いに立ち止まる猫。枯れかかった植木鉢まがったように見える電信柱。だれかこどもたちがアスファルトに描いたチョークの線路。それをみながら通りを左に曲がると、むかし散髪屋さんだったはずの敷地が空き地になっていた。
「どこに行くの?」
「だからみんながいるところ」
「みんなって?」
「ほら過去のスパシルの日にね、助かった人たちが街に住んでる、歴代の」
「助かったのはひとりじゃないの?」
「まさか。それは、デマデマ」
「たくさんいるんだ」
「きみの背中にもいつか糸が生えるよ。その糸で誰かを助けてあげな」
あたしはふとあの日最後にランくんと指がふれあってた時を思い出していた。
でも、糸で引き上げられてから目をつむってもなにもうかんでこない。
ランくんどうしてるかなって思ったその時、目の前のちいさな雑居ビルの上をなにかが跳んでゆくのがみえた。猫かなっておもったけどちがってた。
ヘルで目をつむると見えていた、あのロストリバーデルタでみたパルクールしてるランくんにそっくりだった。