小説

『放課後ファイトクラブ』平大典(『力太郎』)

 確か、ボクシング部は部員が少なく、同好会に格下げされそうになっている。
 桐生君は続けた。
「それに、僕はこういう戦いの前は、きちんと相手と話しておくべきだと思っている。プロボクシングでも、相手と戦う前には共同で記者会見をする。互いの戦意を確認するのは礼儀だ。つまり、今日、僕は太郎君に戦前布告しに来たんだ」
「……確かに」
 わかるようなわからんような道理だったが、太郎は腑に落ちたようだ。

 
 僕と太郎は幼馴染だった。
 太郎は、幼少時から寡黙だった。
 幼稚園に入って、周りの子どもがペチャクチャと覚えたての単語を並べている横で、石のように押し黙っている。両親も不安で堪らなかったようである。「今日は楽しかった?」と聞いても、「うん」くらいしか答えない。
 小学生になっても、口数は少ないままだった。
 だが、その肉体が周りの児童と異なることが判明したのは、中学二年生、第二次性徴が始まった頃だった。
 中学校入学時には、背の低い順で並ぶと前から三番目だった彼は、三年生になるまでに一八〇センチに到達していた。この頃の写真では、物凄い速度で伸びたせいで、骨に筋肉が追いついていないのが見て分かる。
その分を補ったのは、彼の食欲だった。朝食、昼飯、夕食、夜食。特に昼食時にはクラスの誰かが残した、若しくは休みで生じた食べ物は、すべて太郎の胃袋へ放り込まれていった。
 学習塾で自主勉強している間も太郎は絶えずお菓子を頬張り続けた。
 気づけば、高校に入る頃には、ヘラクレスのような鋼の肉体に育っていた。
 ただ、体を鍛えている様子はなかった。太郎は物静かだったので、周りのクラスメートも僕に確認してきたが、間違いなかった。そんな素振りは一切ない。
 喰って、寝ているだけである。
 しかも部活動も僕と同じく将棋部一辺倒であり、指し手を覚えることに夢中でトレーニングへの興味は皆無であった。
 ナチュラルボーンの鋼鉄筋肉を纏ったまま、太郎は高校へ入学したが、あらゆる運動部の勧誘を固辞して、やはり僕と同じ将棋部へ入部した。

 
 桐生君は、試合前のウォーミングアップとして、砂利の上で軽やかにステップを踏んでシャドーをしていた。
 日当たりの悪い体育館裏、階段やブロック塀の上に、物見遊山の奴らが屯していた。品のない暴力趣味の集まりのせいか、女子生徒は一人もいない。
 体育館では、バスケ部とベレー部が練習している。空いた窓から、運動靴と床が擦れる音やボールが跳ねる音が無数に聞こえる。
 試合は一七時から開始だ。
 準備万端の桐生君とは違い、太郎は胡坐を組んで地面に座している。

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