小説

『青い女たち』紗々井十代(『ジャックと豆の木』)

 ばんざーい。
横になったまま騒いでみたけれど、誰もそれには取り合わない。いい加減、もう限界なのだ。
 だって、まさか本当に来てしまうなんて。校舎の屋上から、失恋通知を手繰ってはるばる月まで。
 私も過ぎるほどくたくたで、大人しく身を月面に預けた。月はざらざらと砂っぽく、制服が汚れてしまうだろう。でも抗えない。四人並んで出涸らした茶葉のように、休息に身を浸した。
 それから私たちは眠っていたのかもしれない。あるいは、考え事をしていたのかもしれない。何時間、もしくはほんの数秒。ただっぴろく、目を開ければいつでも真っ黒いこの世界では、時間も感覚も希薄だった。
 それでも、四人で月に身を横たえた瞬間があったことだけは、たしかなのだ。
 「ねえ。新しい星を見つけたわ」
 不意にジャックが上空を指さした。
 月に着いてどれだけ経った頃かは分からない。疲れは大分取れていた。
 「あの小さくて緑色のヤツか?」
 Kが同じような部分を指さす。
 「あの紅くて、ビスケットみたいな星よ」
 ほら、あれ! その右の。違う、それじゃなくて。と必死に説明されて、私たちはなんとか共通の星を認識した。何せ宇宙には星が多すぎる。
 「あれは絶対に誰も見つけてないでしょう。名前を付けましょうよ」
 何故そんなにも自信があるのか分からないが、ジャックは張り切った。
 「百恵にしてよ」
 図々しくモチはお願いした。
 「なんであなたの名前を星につけるの。それなら自分の名前にするわ」
 「失恋した女が星になるって、縁起悪くない?」
 失恋した女が星になる、というモチの言いようを聞いてKが笑った。
 「ここまでくれば、もう私達なんてみんな星みたいなものだろ」
 この広大な宇宙では、星も人もちっぽけもので、きっとKの言ったことは正しい。
 故郷の青い星を眺めて私たちは笑う。
 私たちはどんな風に見えるだろうか。
 「きっと、自分が好きな物の名前を付けた方がいいよ」
 私はそうやって助言したのだが、ジャックの発見した紅くて、ビスケットみたいな星の名前は「天窓から差す光を浴びて静かに書を嗜むような女性」になった。
 「椎村くんの好きな女性も星にしてやったわ」
 せせら笑うジャックには、畏怖の念さえ抱いた。
 ひょっとすると、あの星の正体は火星なのかもしれない(紅い星と言えば、火星しか私は知らない)。けれど、今の私たちにとっては「天窓から差す光を浴びて静かに書を嗜むような女性」なのだ。
 ナオコがジャックと呼ばれるみたいに。景がKと呼ばれるみたいに。百恵がモチと呼ばれるみたいに。私がユミユミと呼ばれるみたいに。
 「なんだかお腹すいてきた」
 モチが言うので、私達は揃って頷く。
 「それじゃあ地球に帰ろうか」

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