小説

『青い女たち』紗々井十代(『ジャックと豆の木』)

 普段、四人で集まってもこういう話をする機会がない。ジャックの恋愛話を聞くのでウンザリしているのもある。
 「気になる人くらいいるでしょう。例えばヤスとか」
 ヤス! 思わず声を張り上げてしまった。青い世界に、ヤス! が響いて沁みる。
 「アイツは最悪」
 ヤスというのは野球部の調子のいい男で、初対面から私のことをユミユミ、なんて呼び続けるいけ好かないヤツだ。
 「たしか猿みたいなヤツだったな」と、Kはずばり言った。
 「私は彼、けっこう好きだけどね」
 モチが意外なことを言う。
 「由美子のことユミユミって呼ぶの、いいなあと思ったから」
 友達は皆、私のことをそのままに由美子と呼ぶ。別にあだ名をつけてくれて構わないのだが、曰く由美子が一番しっくりくる、とのことだった。
 「初対面に呼ばれてみなよ。それもワイシャツの下に、ゲンゴロウって書かれたシャツが透けてるヤツから」
 「チャーミングじゃん」
 モチはクスクス笑った。
 いつも一緒にいるのに、友達の好みは意外と分からないものだった。
 「私、実は好きな人がいるんだ」
 頭上で、Kが重々しい口を開いた。思い切って、という調子だった。
 わーお。ジャックは囃し立てる。
 「誰なのよ」
 逡巡の後、Kは答えた。
 「……牧田」
 牧田。名前を聞いても全然顔が思い浮かばない。
 「牧田って誰だっけ」
 「ほら。B組の牧田だよ」
 「B組……ひょっとして牧田キョーコちゃんのこと?」
 三人そろってKのことを見つめてしまう。Kは黙って視線を受け止めると、しっかり頷いた。
 牧田キョーコ。彼女は手芸が趣味と噂の、かわいい女の子だ。
 「Kって女の子が好きだったんだ。視野が広いね」
 モチは屈託なく笑う。ちょっと衝撃的な告白も、彼女は淡泊に受け流してくれる。
 「別に女の子なら誰でもいいってわけじゃない」
 Kは注意深く付け足す。
 「牧田だから、好きなんだ」
 思わず私は笑ってしまう。だってKは凄く真剣なのに、自身の恋を赤裸々に話しているだけなのだ。
 「牧田さん、かわいいからね」
 ひやかされて、Kの顔が赤くなっているのが見える。勇ましく先陣を切った彼女だって、かわいい女の子なのだ。
 「これはとっても言いにくいんだけど」
 とりわけ深刻そうにジャックは口を開いた。
 「牧田さんって彼氏いるのよ」
 絶句。
 「失恋仲間じゃん」
 モチだけ嬉しそうに声を上げた。

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