小説

『青い空の下で君と』霜月りつ(『千夜一夜物語』)

「…………」
 海は灰色だ。うねる波は粘土のように重く、厚い。トーマの声はミチコの耳に悲しく響いた。
「長い時間の中で、ミチコもいつかいなくなってしまうんだろうな。俺をおいて……」
「トーマ……」
海の表面に細い輪がいくつも出来る。体に感じない雨が遠い空から降ってきた。


 ミチコはエディットと共に旅立つ日を待つ、外宇宙探査船の最終チェックに出かけた。
『TOM−A』が頭脳なら、この船は彼の体になるのだ。
「ここに『TOM−A』を納めることになります」
 所員に案内された場所はただの空間だった。『TOM−A』を設置するためだけの、機能的で、無機質な。
(死んだ空間)
 軽くついたため息を目聡くエディットが見つけた。
「どうしたんだ」
「ああ───いえ───」
 ミチコは微笑した。
「ここが彼のリビングになるというのに、愛想のない部屋だと思って」
「確かにな」
 エディットも笑った。
「壁に女の子のポスターも貼れないし」
「トーマの中の映像を映し出して見ることもできない」
(気の遠くなるような年月をたった一人───退屈を紛らわす術もなく)
 ミチコの耳にまたトーマの声が甦る。
(感情を持ったことを……後悔している───)


 いよいよ明日は『TOM−A』をロケットに移植するという日、ミチコはやはりトーマの『部屋』にいた。
「昨日、船を見に行ったのよ」
「ああ、シンプルな奴だよな。あまり俺好みじゃない」
「トーマの好みっていうと、サイドにネオンでもつけるの?」
「そりゃいいな。科学連が許してくれるっていうなら」
 今日のトーマの選んだ映像は、澄んだ空の下に広がる草原だった。足元をサワサワと草がたなびき、高く雲雀も舞い上がる。
「それより、今日はミチコに見せたいものがあるんだ」
「あら、何?」
「まあ、見ててくれよ」
 ミチコの目の前の空間がユラユラと揺れ出した。何か、新しいホログラフを出現させるつもりらしい。ミチコが見ている間にそれは人の形をとり出した。
「……トーマ」

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