小説

『亀の甲羅が割れた顛末』三号ケイタ(『くらげの骨なし』)

 そうまで考えたとき、亀にはある予想が浮かんだ。しかし、今更どうすることもできなかったし、猿に聞くことなどできなかった。

 夕方ごろ、亀は砂浜についた。水からあがるや否や、猿は一目散に駆けていき、砂浜に生える高い松の木に登った。
「どうだ、肝は大丈夫か」
 そう聞くと、猿は憎々しく言った。
「自分の肝を体から出す阿呆がどこにおるのだ。肝はちゃんとここにあるわい」
 そう言って、猿は自分の腹を指さした。それを見ながら亀はしかし驚かなかった。
 やはり、そうだった。この猿は気づいていたのだ。猿は自分が逃げるために一芝居打ったのだ。うっすらと、そうではないかと思いながら、しかしあの時、亀は何も言えなかった。
「そうか」
「貴様らは、わしを竜宮に招くと言いながら、実はわしの生き肝を狙っておったのだろう。わしが横になっておったときに、何を勘違いしたか、あの阿呆の海月めが得意げにぺらぺらとしゃべっておったわ」
「そうで、あったか」
「そうよ。貴様のことも言っておったぞ。結局のところ、友人よりも主人の命令には逆らえず、昔なじみの女のことを優先するものだとな」
「・・・」
 決してそうではない、と亀は言いたかった。しかし、それを言って何になるだろう。亀にとって、自分が、この友人に対してやったことなど何もなかった。亀は、猿の方を向いて、じっとその目を見ていた。
「貴様は、本当に、わしを手に掛けようとしたのか」
 猿は声を張った。亀は、言った。
「そうだ」
「貴様とわしとは、友ではなかったのか」
「・・・そうだと、思っていた」
「ではなぜ、なぜわしを騙した」
「・・・騙したくは、なかった」
「そのような言葉は、聞きたくなかった」
 亀はじっと、目を伏せていた。猿は懐から貝殻を取りだした。それは最初に猿が亀に取ってもらった栄螺の貝殻であった。猿はそうして、それを思い切り下に放り投げた。貝殻は、亀に当たった。亀は背中に鋭い痛みが走るのを感じたが、しかしそれでもじっと、砂浜の上に這いつくばっていた。
 その様子を猿はしばらく見ていたが、亀が動かないとみると、木から下り、そうして駆け去って行った。
 背中の傷は痛んだが、亀はそんなことはどうでもよかった。もう猿との間をどうすることもできず、そして乙姫を救うことも叶わないのだ。どうしようもない思いだけが、亀の中にあった。

 竜宮に戻ると、亀は包み隠さず顛末を竜王に説明した。竜王は怒り亀を誅そうとしたが、病身の乙姫がそれを制した。海月は責任を問われ、全身の骨を抜かれた上で、海の上に放逐された。
「乙姫様、あなたはなぜ私をかばうのです」

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