小説

『AIしてる』村田謙一郎(『かぐや姫』)

目を細める宅間に、アイはすでに自分のものにしている敬語で答えた。
 食卓には今日も肉じゃがにカレイの煮付け、きんぴらごぼうと和食が並ぶ。保子がグラタンやブイヤベースなどのフランス料理を提案しても、アイは日本の味を知りたいからと、いつもの二人のメニューを望んだ。
「それと店員やお客さんからのラブコールもすごいんだって? アイちゃんが来てから男性客が倍増したって」
「そりゃそうよ。こんな美人でいい子、誰だってほっとかないわよ」
保子はお茶をすすりながら、優しい眼差しを向ける。アイは微笑み、ふと目を壁に向けた。保子が見ると、そこには日めくりのカレンダーがかかっている。 
じっとその日付を見つめるアイ。
旅番組なのだろう、テレビにはアラスカの幻想的なオーロラ映像が映し出されていた。
「そういえば前に保子言ってたな。一度でいいから本物のオーロラ見たいって」
「うん。でもこの年になって、こんな遠いところ行けないわよ。何があるかわからないし」
カレンダーから目を離したアイは、黙って肉じゃがのにんじんを口にした。

「アイちゃんお願い、この通り!」
「瀬尾様、困ります」
キッチン家電コーナーで、三十ぐらいの男が、バラの花束をアイに差し出し頭を下げている。その様子に近くにいた客の視線が注がれる。
「勇気を振り絞って今日は来たんだ。お願い、俺とつきあって」
 戸惑うアイに、瀬尾はグイグイと迫ってくる。
「……わかりました」
「え、いいの!」瀬尾の顔がパッと輝いた。
「ちょっとこちらへ」とアイは瀬尾をフロアの隅へ連れていき、口を彼の耳に近づけ、小声でつぶやいた。
「もし私が望む物をプレゼントしていただけるなら、おつきあいいたします」
「何、バッグ? アクセサリー? アイちゃんのためなら俺、頑張っちゃうよ」
「……タイムマシン」
「タイムマシン……って、ドラえもんとかに出てくるあれ?」
アイは瀬尾の目を見てうなずいた。
「え、マジで言ってる?」

 次の日の午後、健康器具コーナーでは、白髪頭の年配の男がマッサージチェアの揺れにカラダを委ねていた。横にはアイが立ち、男の様子を見守っている。
「極楽極楽……これ、もらおうかな」
「ありがとうございます、赤松様」
 赤松と呼ばれた男はチェアを起こし、ゆっくり立ち上がる。
「でもね、キミと一緒になれるなら、私はもう本当の極楽に行ってもいいと思ってるんだよ」
 とポケットからケースを出して開け、アイに向けた。ダイヤと思われる指輪が輝いている。
「もらってくれるかい」
 アイは指輪から目を離し、赤松にそっと耳打ちした。
「……どこでもドア?」赤松は不思議そうな顔でアイを見た。

そしてまたある日の夜、業務用の非常階段。
 「アイちゃん」と呼ぶ声にアイが振り返ると、野口が階段をかけ登ってくる。踊り場まで来て息をつくと、野口は真剣な眼差しでアイを見つめた。

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