小説

『AIしてる』村田謙一郎(『かぐや姫』)

「鍋のように釜内の圧力を高めて、炊飯時の圧力と時間をコントロール。圧力をかけた高温調理では多彩な調理が可能で、標準米でも甘みのあるふっくらご飯が仕上げられます。炊飯時間も短縮できます」
「まさか……完璧」信じられないと首を傾ける木嶋。
「ありがとうございます」
穏やかな表情でアイは小さく頭を下げた。
「じゃあ、お客様に商品を説明する時は?」
「言葉だけでなく、指で指すなどして、理解しやすいアクションを併用します」
「バックヤードへ商品を取りに行く時は?」
「遅くとも1分以内に戻るようにします」
「接客の一番重要なポイントは?」
「笑顔です!」
 満面の笑みを向けるアイにあっけに取られながらも、木嶋は頬を緩めた。

 夕方、大勢の客で活気づく店内で、アイは売り場に立っていた。年配の男性客に笑顔でノートパソコンの説明をするその姿は、入ったばかりのアルバイトとはとても思えない堂々としたものだ。
「あの子、何者だよ?」
 離れたところからアイを見ていた、売り場担当の野口がつぶやく。
「会長紹介のフランス人っていうから、最近流行りの、日本マニアの外人の文
化体験かと思ったらさ、抜群に仕事できるし」
答えたのは、同じくアイの様子を伺う、品出し担当の佐々木だ。
「ネイティブレベルの日本語、異常に早いのみこみ、無駄のない動き、それに
 なんといっても、あのルックスにスマイル」
「さてはホレたな」
「バカ」と苦笑する野口に佐々木は続ける。
「ま、俺もだけどな」

夜になり、落ち着きを見せる店内を見回っていた木嶋がテレビコーナーにくると、ディスプレイの前でじっと動かない者がいる。アイだ。 後ろから近づいた木嶋は背中越しに声をかけた。
「おい、何してる?」
アイは返事をしない。不思議に思った木嶋が前に回ると、アイは口元を押さえ、テレビを凝視している。
「どうした?」
アイは黙って指差す。テレビ画面にはドラえもんが映っていた。
「ドラえもんがどうかした? あ、フランスでもやってるんだ」
アイは今にも泣き出しそうな目をして、声を震わせる。
「……この方は、私たちの社会への道筋をつくってくださった、伝説の存在です。ここで会えるなんて」
「伝説? どういうこと? フランスでもそんな人気なの?」
画面の中のドラえもんは、美味しそうにどら焼きを食べていた。

「アイちゃん大活躍らしいじゃない。店長も、あの子はすごいとべたぼめだったよ」
「恐れ入ります」

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