小説

『AIしてる』村田謙一郎(『かぐや姫』)

 焼きサバに、ほうれん草のおひたし、切り干し大根、納豆、味噌汁、そして白飯。いたって地味な高齢者向けのメニューで、若い女性、しかもフラン人が喜ぶものとはとても思えなかったが、アイは器用に箸を操り、美味しそうに口に運んでいく。
「ごめんね、今日は買い物も行かなかったから、いつも食べてるようなものしかなくて」
 保子の言葉にアイは首を振り「すごくおいしいです。和食は最高です」と、口元にご飯粒をつけながら答える。
「なんだか本当に日本人みたいだな」
 宅間はビールを飲りながら、少し赤らんだ顔をアイに向けた。
「このまま日本人になりたいぐらいです」
「まあ」保子が笑い、宅間とアイも続いた。

浴室で頭からシャワーを浴びながら、アイは微動だにせず立っている。一切無駄のない、理想的な女性のプロポーションをしたその肉体の表皮を、水流は弾かれたように流れ落ちてゆく。瞼にその感触を確かめるように、アイはゆっくり目を閉じた。

 保子から渡されたパジャマを着て、あてがわれた二階の部屋に戻ったアイは、窓から外を眺めた。眼下には手入れされた日本庭園が広がっている。
ベッドのシーツをゆっくり撫でるアイ。そして立てかけているスーツケースを横にし、側面のダイヤルを回して、ゆっくりと開ける。しばらく中を見たアイはケースを閉じ、部屋の電気を消してベッドに入った。
アイが目を閉じると、やがて青い膜のような光がそのカラダを包み込んだ。

家電量販店の朝は朝礼とともに始まる。
開店前、レジ前に集合したスタッフに対し、銀縁メガネをかけた店長の木嶋が今日の予定を説明していた。そしてその横に立つのは、紺のスカートにオレンジのパーカーという店の制服を着たアイだ。木嶋による紹介が終わり、アイは笑顔とともに、ここでもまた深々と頭を下げた。

会議室に、紙を素早くめくる音が響く。テーブルに積まれた家電製品のカタログを前に、アイがファイルを見ている。見終えたファイルを閉じて机の脇に置くと、また別のファイルを手にする。表紙には【接客マニュアル2】の文字。開いて視線を落としたアイの両の目がカッと見開かれる。ページがめくられるとともに、その瞳はものすごいスピードで小刻みに揺れ始める。あっという間に全てのページがめくられ、アイはファイルを閉じた。
そこへドアが開き木嶋が入ってきた。
「どう? アルバイトと言っても、覚えることは社員と同じだから大変だよ」
「ここにあるものは、ほぼ把握できました」
「え? いやいや、うそでしょ」
「いえ、一通り目を通しました」
アイの言葉に木嶋は苦笑いを浮かべた。
「目を通したってのと、自分のものにするってのは別物だからね」
「大丈夫です」アイは穏やかに微笑んで答える。
「だったらテストしていい?」
「はい」
木嶋はやれやれという表情で、アイと向き合って腰を下ろした。
「じゃあ、まず、4Kテレビの画素数は?」
「横3840×縦2160で合計829万4400。フルハイビジョンの4倍です」
「えっ」という顔で木嶋がアイを見る。
「圧力IH炊飯器の特徴は?」

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