小説

『AIしてる』村田謙一郎(『かぐや姫』)

 ソファやテーブル、キッチンの食器棚など、家具は北欧のデザイナーブランドで統一してある。見栄ではない。いいものは長く使えて飽きがこない。人生の中で宅間が学んだ真理のひとつを実践しているだけだ。大画面の4Kテレビはメーカーから譲り受けたものだが、映画好きな保子は、午後のひとときを、ここで懐かしい洋画を見て過ごしている。
「お子さんは?」
アイの質問に、宅間は一瞬、声をつまらせた。
「ほしかったんだけどね……恵まれなかった」
「……すみません」とアイは目を伏せた。
 フランス人でもそんな日本的な反応をするのかと、宅間はおかしくなった。
「いいのよ、気にしなくて。そうそう、アイちゃんって何歳?」
と保子が笑顔で返す。
「二十二です」
「若ーい!私たちから見たら、子供?」
「いやいや、孫だろ」自分の年を考えろという言葉を宅間は飲み込んだ。
「お仕事は何を?」アイは重ねて聞いてくる。
「もう引退したようなもんだけど、家電量販店の会長をやってる。創業者の特権を使って、ちょくちょく口出ししてるけどね」 
「会長……すごい!」
「アイちゃん、何であなたをここに招待したかっていうとね、私が一番大事にしてるものが縁なんだ。会社だって人との縁を第一にやってきたら、いつのまにか全国に店ができるほどになっていた。今日あなたと出会ったのも何かの縁。わかるかな」
  アイは何かを思案するように、テーブルの上のカップに目を落とした。
「……ユウゾウさん、だったら縁つながりでお願いがあります」
「何だい」
「私を、お店で働かせてください」
「え、私の会社の店舗で?」
「はい。日本に来た一番の目的は、日本人の家にホームステイして日本の会社で働くことなんです」
「いや、そうは言っても」
思ってもみなかった申し出に、とっさに言葉が出てこない。
「お願いします! 創業者特権で」
いたずらっ子のように舌を出したアイに、宅間と保子は吹き出した。
「あなた、何とかしてやったら」
すっかりアイにやられたのか、保子が助け舟を出してきた。しかし宅間の中でもすでに答えは出ていた。
「じゃあ、アルバイト扱いでいい?」
「ありがとうございます!」とアイは立ち上がり、これまた日本の作法にあるような深々としたお辞儀をした。
「あ、そうそう」
 保子が何かを思い出したように手をたたいた。
「さっきアイちゃんを見つけた時、なんか青い光がアイちゃんを覆ってたように見えたんだけど」
「え」アイの顔に戸惑いの色が浮かんだ。
「あれ、何だろ?」
「……よくわからないです」

食卓の上には、いつもと変わらぬ味が並んでいる。

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