小説

『AIしてる』村田謙一郎(『かぐや姫』)

 宅間はじっと女の顔を見た。外国人の年齢などわからないが随分若い。二十歳ぐらいだろうか。
「なんでこんなところで」
「……歩いてきたら、疲れてしまって」
 そう言って女は息をついた。
「日本語すごく上手だね」と宅間は穏やかに話しかけた。
「日本社会を学ぶために、ホームステイに来たんです」
「そうなんだ。ホームステイ先は?」
すると女は首を横に振った。
「決めてないです。こちらで出会った人にお願いしようと」
「えっ、そんな無茶な」と保子の声が少し高くなった。
「その方が、よりリアルな日本に触れることができるかと思って……でも確かに無茶でした。ずっと歩いて、たくさんの人に声をかけたんですが……」
女は目を伏せ、悲しげに下を向いた。
「ダメよ!」保子の声が一段と高くなる。
「いくら日本が安全だからって、若い女の子が一人でそんなことして、変なことに巻き込まれでもしたら!」
女は保子の勢いに、少し驚いたように口を開けた。
 保子が宅間をじっと見る。長年連れ添った関係だ。その意味を理解した宅間はうなずき、顔を女に向けた。
「お嬢さん、名前は?」
「アイです」
「アイちゃん! まあ日本人みたい、どんな字書くの?」
 保子のテンションはまだ高い。
「どんな字ってお前……」
「アルファベットのAとIで、アイです」
「AとI……あ、そっか。漢字のわけないよね、私ったら」
 少し冷静さを取り戻した口調で保子がつぶやく。
「私は宅間雄三、それと妻の保子」
 アイは二人を交互に見て「ユウゾウさん、ヤスコさん」と繰り返した。
「アイちゃん、大した家じゃないけど、よかったらうちに来るかい」
 その言葉を聞いたアイの顔から、これまであった陰が消え、柔らかな笑みが広がった。
「ほんとですか! ありがとうございます!」

「大きなお家ですね」
そう言ってアイは青みがかった瞳で、ぐるっと室内を見渡した。
ウォーキング終わりにリビングのソファに座って紅茶を楽しむ。それは宅間と保子にとっての習慣だったが、今日はそこに一人、思わぬゲストが加わることになった。
「いやいや、夫婦ふたりには広すぎてかえって不便だよ」

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