小説

『AIしてる』村田謙一郎(『かぐや姫』)

「向こうへ帰っても連絡ちょうだいね。私たち、最近メールも覚えたのよ」     
 保子は携帯を手にアイに微笑む。
「保子、タクシー呼んでやれ。荷物もあるんだから」
「あ、そうね。私ったら、ええと番号」と立ち上がるが、アイの「あの……」
との言葉に腰を下ろした。
「本当に、本当にありがとうございました。私からおふたりにお礼があります」
 そう言ってアイは立ち上がり、スーツケースの外ポケットから何かを取り出した。白い色の半円形。四次元ポケットだ。
 アイがポケットに手を入れて引っ張ると、ピンクの物体が顔が出し、それはたちまち大きな姿となってドンと床に置かれた。ピンク色の一枚のドア。どこでもドアである。
あっけに取られる宅間と保子を見ながら、アイはドアを開け、扉の向こうへと行く。「どうど、こちらへ」
 アイの言葉に導かれ、宅間と保子は立ちあがり、ゆっくり歩き出した。
 ドアをくぐったふたりの前に現れたのは、一面の銀世界。そして空には、エメラルドグリーンのカーテン、オーロラが広がっていた。
 驚きで声も出ない宅間と保子にアイは近づき、ふたりを自分の体の左右に分け、腰に手を回した。するとアイの体がオレンジ色に輝き出した。
「ああ……あったかい」宅間が声をあげた。
「うん……それに、きれい」オーロラを見上げ、保子がため息をつく。
「私、ウソをついてました。私はフランス人でも……人間でもありません。私
は今から五十年後の未来から来た、AIロボットです」
「AIロボット……」宅間がゆっくりと繰り返す。
「私の世界では、今と比べても科学は飛躍的な発展を遂げていて、この景色もその発展のひとつの形です。AIロボと人間の共存も、ごく普通の日常です。私たちAIには人類の身体的特徴はもちろん、歴史や文化など、あらゆる情報がプログラミングされ、より人間に近い存在として進化を遂げてきました」
 アイは空を見上げながら静かに語る。
「その一環に研修プログラムがあります。人間としての設定をきめた上で、決められた時代へ一定間タイムスリップし、当時の人や社会の空気に触れて、知識をリアリティを伴ったものとして吸収する事が目的です」
「それで、アイちゃんはここへ」
アイが宅間に顔を向ける。
「はい。信じてもらえますか」
「もちろん。このオーロラも、アイちゃんから伝わってくる温かさも夢じゃない。アイちゃんはウソをつくような子じゃない。それに……娘を信じない親はいない」
「そうよ、人間でもロボットでも関係ない。アイちゃんはアイちゃんよ」
保子の言葉にアイの瞳が揺れた。寄り添う三人を神秘的な緑の輝きが包み込む……

「どうしても帰らなきゃいけないの?」
 オーロラとの出会いを終え、三人はソファで最後の時間を過ごしていた。 
「期間内に未来に戻らない時や、同じ時代に2回タイムスリップしたら、強制的にシステムが終了してしまうんです」
「じゃあ、また来ることもできないんだ」
 寂しそうにつぶやく保子にアイがうなずく。
「五十年後……アイちゃんがいる未来ってどんな世界なんだろうな」
思いをはせるように宅間は天井を見上げた。

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