小説

『AIしてる』村田謙一郎(『かぐや姫』)

 店舗での休憩時間、近くの公園で野口は、プロペラのついたマルチコプター型のドローンを両手でつかみ、必死にジャンプを繰り返していた。その様子をアイがそばで見いてる。プロペラは唸りをあげて回転するが、野口のカラダは1ミリも浮くことはない。
「アイちゃん、タケコプターだよー!」
 野口の必死の叫びにも、アイは微笑みがら首を振った。

夜の繁華街、とあるテナントビルの前に佇むアイと瀬尾。
「いやー探したよほんとに」
瀬尾はそう言ってアイに視線を送る。
「まさか、こんなところにあったとはね、タイムマシン」
とアイの腰に手を回し、二人はビルの中へと入っていった。

 落ち着いた照明の中、室内にはいくつものドーム型カプセルが並んでいた。
瀬尾はカプセルの横に立ち、ニヤついた顔をアイに向ける。アイがカプセルの下方を見ると、そこには小さく[oxygen(酸素)]の文字。
「ここね、会員だけが入れる秘密サロンなんだけど、特別に入れてもらったんだよ。何しろタイムマシンがあるなんてわかったら大騒ぎになるからね。世界でもまだ日本だけ。もちろんフランスにもない。さあアイちゃん入って。どの時代に行きたい?」
 まくし立てる瀬尾を横目に、アイは黙ってカプセルへと足を入れた。 
「あ、これ、二人でも大丈夫だから。気持ちいい時間へ一緒に行こうね」
と、瀬尾もカラダを滑り込ませフタを閉めた。同時にカプセルの中から激しい打撃音と瀬尾の悲鳴が漏れた。
フタを開けて出てきたアイは、何事もなかったように歩いていく。カプセル
の中で失神している一人の男を残して。

 次の日、仕事を終え、従業員出入口から出てきたアイに声がかかった。
「アイさん、あなたが今くぐったのが、どこでもドアだよ」
 見ると、前方で赤松が待ち構えている。
「アメリカ、ヨーロッパ、アジア、アフリカ、どこへでも君をお連れするよ。もちろんファーストクラスでね。さあ行こうか」
 アイは一礼し、「お疲れ様です」と赤松の横を通り過ぎた。

 そして勤務最終日。開店を控えたレジ前に集まったスタッフに、深々と頭を下げるアイの姿があった。
着替えを終え、ロッカールームから出てきたアイに佐々木が近づいてくる。「フランスかあ、遠いなあ」
そう言って佐々木は紙袋を差し出した。
「おみやげ。本物は見つからなかった」
 中のものを取り出すと、それは四次元ポケットの形をしたポーチ。
「ありがとう」目を細め、アイはポーチをなでた。

リビングは窓から差し込む夕陽でオレンジ色に染まっている。ソファを囲むアイ、宅間、保子の間には、しばしの沈黙が流れていた。アイの横にはスーツケース。
「……体には気をつけてな」
絞り出すように宅間はアイに語りかけた。

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