小説

『第二ステージ』戸田鳥(『時計のない村』『金の輪』小川未明)

「……たとえば、第二ステージへの申請をなかったことにして、もとどおりの時間軸で暮らすことは」
 骨董屋は呆れたといったふうに目を丸くした。
「人生を途中からやり直すなんて、そんなことできないに決まってるじゃないですか」
 はい。そうですよね。そうだとは思ったんだけど、確かめたかったんです。
「あの……もう一度第二ステージへ行くことは可能ですか」
「可能ですよ。本来ならパスワードを再発行する必要がありますが、建前です。どうせ誰も覚えていないんですから。前回のパスワードをお忘れでなければこのまま窓口に行ってください」
「どうしてあなただけは覚えているんですか」
「この店は非干渉エリアなので。それに、私も有資格者ですし」
 この人も二度死にかけたのか。僕はまじまじと店主の顔を見た。やはりどこか彼女と面差しが似ている。
「資格があるのに、第二ステージに移住しないんですか?」
「移りません」
「どうしてですか?」
 僕の踏みこんだ質問に、店主はきょとんとして答えた。
「別にどこにも行きたくないからです」
 例の巨大な置き時計がぶるっと震えると、一拍置い鳴り始めた。十二、十三、十四……ありえない時を告げる時計に、目の前の店主はいっこう動ぜず、返事の続きも聞けそうにないので、僕は軽く頭を下げて出口へ向かった。扉が閉まっても、鐘はまだ鳴り続けていた。

 僕は最後にもう一度彼女に会いに行った。数十回目の台詞を聞いて、数十回目の失望を味わった。満点の記憶ではなくとも、この時をずっと所有していられるなら悪くはない。僕は数十回目のさよならをして、それから第二ステージに帰った。
 ボート置き場に着くと夜だった。誰にも見つからずに帰りたいと僕が考えていたからだ。それなのに、月明かりの中でもぞもぞと動く人影があった。七頭身となった頭部だった。僕を迎えに来たのかと驚いたが、もちろんそんなはずはない。裏返したボートの側でかがみこんでいる彼に声をかけるとやっと僕に気付いたらしく、
「第一に行ってたのか。面白かったか?」と聞いた。
「うん、まあね」と僕は頷いた。
 頭部はそれ以上の興味はないようで、熱心にボートを物色している。
「このボート乗れるよな」
「かなり古そうだし、水が漏れるんじゃないかな」
「穴のあいたボートか」
 頭部は目を輝かせた。彼の好きな危険な遊びだ。

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