小説

『ぼくたちの自由』大知牧(『八尾比丘尼伝説』)

 学生最後の夏。最後の『自由』になるかも知れない。
 そう思って、いつも通り皆でファミリーワゴンを借りて、俺達はキャンプ場にやって来た。
 メンバーはいつもの三人。大学の友達の岡島と由良と俺・嶋野大地。
 俺は一人慣れた手つきでテントを張り、あっと言う間にバーベキュー台もこしらえた。
 側には勢いよく川が流れている。後の二人は先程から釣りをしているのだ。
 炭の具合が丁度良く、そろそろ他の二人を呼ぼうかと声を出そうとした時、背後にいる由良が「あっ」と声を上げた。俺は振り返る。
「……ねえ、大変」
 由良が気の抜けたような声を出した。
「……人魚釣っちゃった」
 由良の足元には、ぐったりとした〝おっさん〟の人魚が打ち上げられていた。

「……死んでるな……」
 岡島がおっさんの人魚をおそるおそる覗き込む。
「殺したの俺たちじゃないよね、元々だよね」
 釣りあげた由良が心配そうに俺達二人の顔を見比べる。
「……うん、何かちょっと……」
「「「臭い」」」
 三人の声が合わさる。
「……どうする?」
「とりあえず、110番する?」
「えー、無理でしょ、とりあってくれないでしょ」
「じゃあ、どうすんの」
「……誰かに売るとか」
「誰に売るの?」
「……誰が買うの?」
「……知らないよ」
「大体、何でおっさんなの?」
「知らないよ」

 とりあえずの食事を終え、俺達はテントの中に引っ込んだ。人魚のおっさんは少し離れた岩陰に干してある。
「……ねえ、あの話って知ってる?」
 由良が布団に寝そべりながら切り出した。
「『八百比丘尼伝説』って言ってさ……人魚の肉食べると、永遠の命が手に入んの」
 俺は知っていたけど、言わないでおいた。
 岡島が眉をひそめる。
「……不老不死ってこと?」
「そうとも言うね」
「それは……興味深いな」
 イヤな予感。
 岡島がテントの外をじっと見つめる。ちらちらと瞳に炎が揺らめいている気がした。

 こんがりと焼かれた人魚のおっさんを前に、ごくりとツバを飲む岡島と由良と俺。
 皆一様にナイフとフォークを手にしている。

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