小説

『さくら』和織(『線路』夢野久作)

 終わりの見えない線路と、そこに在る何か。気がつくと目の前に広がっていたその光景に、さくらは戸惑った。どうして自分がこんなところにいるのか、それが何なのか、全く心当たりがなかった。全てを忘れてしまったような感覚が、鳴りやまない車のクラクションみたいに張り付いて、思い出そうとする回路が塞がれる。ただ、目の前に転がっているそれをじっと見ていると、どうやら同類であるらしいことがわかった。それは、体が変な風に曲がってしまい、血まみれになった猫の死体だった。さくらは、なぜその猫がそんな風になっているのか、不思議でしょうがなかった。
「私以外に自殺する猫がいたなんてね。君みたいに賢い猫がこの街にいたなんて驚いたな。それにしても、死ぬことができたなんて、羨ましい」
 さくらが声のした方を振り向くと、いつからそこにいたのか、模様のない猫が隣に並んでいた。自分よりも少し大きいなと、さくらは思った。
「あんた、どっから来たの?」
 さくらは言った。
「さぁ、もうそんなことは忘れしまった」
「いつも中にいるの?外にいるの?」
「いろいろかな。だいたいここにいるけどね」
「どうして?」
「それは、君がここへ来たのと同じ理由さ」
「なに?」
「おやおや、忘れてしまったのかい?自分がどうしてここへ来たのか」
 どうしてだっけ?とさくらは考えた。さっきよりは、考えやすくなっていた。そして、うんざりした気持ちを思い出した。
「そうだ、あいつらがいつまでたっても帰らなくて、今日は、ここにいる気なんだってわかって。それで、もう嫌で嫌でたまらなくて、夜、家を出て来たんだ」
「そして、あんな風になる為に、ここへ来たんだろう?」少し大きな猫は、二匹の前に横たわっている猫の死体を見ながらそう言った。「願いを叶えられてよかったじゃないか。ああ、本当に、羨ましいね」
「おいら、あんたの言ってることがわかんないんだけど」
「だからねぇ、それは、君なんだよ。そこで死んでいるのは」
 少し大きい猫が言った。
「おいら・・・・・?」
 さくらはますます混乱したが、その中で、壁にぶつかったように大事なことを思いだした。シンデイル。シンデイル。シンデイルのは、ばあちゃんと同じだ。
「君は賢くて、しかも飼い主によっぽどよく話しかけられていたんだろう。猫っていうのはそりゃあ腐るほどいるけど、なかなか君くらい賢いのはいないもんだよ。人の言うことが理解できるくらいにね。ご主人から教えてもらったんだろう?電車にぶつかれば、死ぬことができるって」

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