小説

『ササキさんの隣』三波並【「20」にまつわる物語】

「…あなた達のこと、なぜ『エー』の私に聞くのですか?」
「そうなんですけれど…。ササキさんから、私たちはどう見えてるのかなって。ほら、一週間後の話をする感覚で、十年後二十年後の話を平気でするじゃないですか。」
「ユミさんは嫌なんですか?先々のことを想像することが。」
「嫌というか、苦手というか、疲れるというか…。相手の人と将来の話をしていくうちに、時間を共有している今の私は何なんだとか、何のために生きてるんだって思ってしまって…。」
 ああ、ずっと思っていたことが、口からぽろぽろこぼれてくる。私たちは、将来というものに振り回されすぎではないか。私はただ、今という時間を大切にしたいだけなのに。だからだろうか、ササキさんの隣が妙に落ち着くのだ。今を生きている彼女の隣だから…。
 彼女は少しうつむいて、私にかける言葉を考えていた。蓄積されたデータの中から、最良の言葉を選んでいるだけなのに、私はじっと彼女の言葉を待っていた。
「…そうですか。私は、将来の話ができることがとても羨ましいです。データやプログラムが書き換えられてしまったら、私自身がその将来からいなくなってしまいます。…でも、ユミさんたちは違うじゃないですか。自分で、将来を書き換えることができます。それはきっと、ユミさんが今を生きているから可能なんですよ。今が将来に殺されることはないのだと、私は思います。」
 彼女は迷いながらも、しっかりとした口調で答えてくれた。
「将来を書き換える、ですか…。」
「ええ。だから安心して下さい。先々のことを考え過ぎず、今のユミさんの気持ちを大事にして下さい。今、スドウさんと、どうなりたいですか?」
 彼女から真っ直ぐに投げられた質問が、私にしっかりと届いた。私が今思うこと、感じること、考えることを彼に伝えよう。映画の感想を語るように。一緒に食べたご飯の美味しさを表現するように。
「…ありがとう、ササキさん。」
 彼女にお礼を伝えると、にこりと微笑んでくれた。

「今日はユミさんの話を聞けて、よかったです。先生のことも話してしまったので、次は私が話す番ですかね…。」
「ササキさんも、何か吐き出したいことあるんですか?」
「ええ。ずっと、ここにしまいこんできたことがあるんです。」
 そう言いながら、彼女は胸のあたりに手を当てた。
「ああ、私は『エー』なのでここ、ですね。」
 頭を指差しながら、彼女は少し寂しそうに微笑んだ。今度は私が、彼女と向き合わなくちゃ。そう思った。
「…私に話してくれますか?さっきは私が心の中を吐き出したので。ササキさんも。」

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