小説

『ササキさんの隣』三波並【「20」にまつわる物語】

「きっと先生も、隠すつもりはないのでしょうが…。やはりお辛い出来事ですので、自らお話になることはありません。」
「ササキさんは、いつ知ったんですか?」
 彼女は少し、困ったように微笑んだ。
「…私、元々は家庭用で。型も古いのでリサイクルショップで売られていたんです。たまたま通りかかった先生が、私を見て驚いたそうです。亡くなった娘さんに、そっくりだったから。」
 明るい茶色で、ゆるくパーマがかけられたような髪。透き通るような白い肌。まつげが長く、大きな瞳。ふっくらとした血色の良い唇。いつまでも若々しく、可愛らしいササキさん。そんな彼女の容姿を、院長は二十歳で時が止まってしまった娘さんに重ねたのだろう。
「こんな私を先生は購入して下さり、数ヶ月は家庭用として過ごしていました。しかし、私がご飯を作ったり掃除をしている姿を、もう自分以外誰も居ないはずの自宅で見ているのがお辛くなったのでしょう。先生は診療所に私の居場所を作ろうと、企業用にプログラミングし直して下さいました。このような経緯で、私はここの事務として働くようになりました。」
「…そう、だったんですね。」
「ええ。今、皆さんとこうして働けて幸せです。」
 ふわり、と彼女は微笑んだ。
 でも、と私は余計なことを考えてしまう。ササキさんは、院長が家族を亡くした悲しみを埋めるためだけに存在しているのではないか、と。
「ユミさん、今また何か考えていましたね?」
 どきり。やはり彼女には読まれている。何か、何か別の話をしなければ…。
「いえ…、えーっと。十年以上前でも、自動運転システムは既に普及していましたよね。事故に遭うなんてことはないはずでは…?」
「ええ。自動運転システムは、当時でも普及率は九十九パーセントでした。でもね、ユミさん。どんなに技術が進歩しようとも、全てが百パーセント安全というわけではないのです。」
 私を真っ直ぐ見て、彼女は答えてくれた。
「…そうですよね。私たち人間が創り出したんですもの。信頼しきってばかりではいけませんよね。本当は、依存するのではなく、補い合うべきなのに。」
「いえ、ユミさんが謝ることではないです。結局、今を生きている人たちは、何かに依存して生きていかなくてはならないじゃないですか。人が人に頼るように、私たちも依存相手でいいと思うんです。依存されるのって、悪くはないですよ。」
「依存相手、ですか。」

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