小説

『ボクと彼女とアキのこと』島田ひろゆき【「20」にまつわる物語】

 映画が終わってエンドロールが出ると「ナポレオン・コンクリートが無くなっていた」とアキが言う。
「ナポレオン・コンクリート?」ボクは聞く。
「そう、ナポレオン・コンクリートのシングル」
「ああ、欲しかったレコードか・・売れちゃったのか」
 アキは頷いて口を少し尖らせる。「そう、そのためにレコードを売ったのに」
「それは残念」ぼくは言う。

 ボクはベッドに寝転がり、買ってきたシングル盤のジャケットを見つめる。ジャケットの少年の左手には中指がちゃんとある、正常な手、ボクは溜息をつく。
 無い指が、手の指でなく足の指だったらいいのに、と思う。靴を履けば指がないことが隠れるし、外で裸足になるのはプールとか海とか水に入る時ぐらいのものだろう。
 でも、もしボクの左手に中指があったら、正常な手だったら、彼女に話しかけられるのだろうか。

 
 次の週、レコードを買うお金はないけれど、彼女のことが気になって中古レコード屋に向かう。そして、今日は自分から彼女に話かけようと思う。でも店内に入ると彼女の姿はなくレジには見たことのない男の人が立っている。ボクは、お客に邪魔にならないように、レコードを探しているふりをして店内を移動する(ロックからソウルからジャズのコーナーへ)、30分ほどいたけど、今日は彼女がいる日ではないのかな、と諦めて店から出る。そして階段を下りる時に、彼女が上がってくるのが目に入る。彼女はすれ違うときにボクに気付いて笑顔で会釈をする、ボクも会釈をするけど笑顔はない、彼女になにか話しかけよう、と言葉を探しているから。
「ズーイ・デシャネル」足を止めて後ろを振り向いたボクの口から、その言葉が出てくる。
「え?」彼女は階段を足を止める。
「ズーイ・デシャネル、500日のサマーに出ている人、その・・サマー役の女優」
「ああ・・」と彼女は何かを思い出すように上を見て「そうね、ズーイー・・・ズーイ・デシャネルね」と言う。
 次にボクの口から「500日のサマーのDVDを持っているから、よかったら見ない?」という言葉が出る、これが彼女につく3つ目の嘘、持ってなんていないのに。
 彼女はボクの言葉を聞いて一瞬ぽかんとした顔する。それはそうだろう、ボク自身も何を言っているんだろう、と思う。
 でも彼女は、次に信じられない言葉をボクに言う。「いつ?」

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