小説

『ボクと彼女とアキのこと』島田ひろゆき【「20」にまつわる物語】

 アキは新しいレコードを買ってくると、ボクにも聞かせた。買ってくるレコードは洋楽ばかりでボクが聞いたことのない歌ばかりだった。でも、ELO(エレクトリック・ライト・オーケストラ)というバンドの<ドゥ・ヤ>という歌は聞いてすぐに好きになった。イントロに出てくるギュゥゥーンというギターの音が、巨大なエンジンを積んだ車(停めるのにパラシュートを使ったりするやつ)がものすごいスピードで目の前を走りすぎていく瞬間を思わせて、Do you do you want my love? なんていう強気な歌詞がカッコよく思えた。
 500枚のLPを10か月ぐらいで集めるとアキはすぐにファミリー・レストランで働くのを辞めた(理由は「マネージャーのシフトの組み方がクソだった」から)。ある日、その500枚のレコードを見て母さんは、「2階の床が抜けおちないか心配」と言って、夕食の時にアキと言い合いになったことがある。その日の夕食はボクが好きなミートボールスパゲティで、うるさいなあ、と思いながら食べたのを憶えている。そのうちにアキはレコードを持っているということで大学の小さなイベントとかでDJの真似事をするようになって、街のクラブでも月に2回、日曜日の夕方に定期的にDJをするようになった(前座の前座の前座で、お金も貰ってないけど、自分がかけるレコードで踊ってもらえるのは嬉しい、とアキは言っていた)。
 500枚のレコードで、アキが思うところの、まじめな人生になったのかは分からないけれど、ボクから見てあまり積極的に人前に出ようとするタイプでなかったアキに人前に出るというきっかけを作ったことだけは確かだ。

 アキは来週にクラブでかけたいシングル盤を見つけたけど、高い値段がついたので、手っ取り早く、お金を作ろうと、持っているレコードから44枚を選んで中古レコード店に売ることにしたらしい。
 ボクは2重にした紙袋に入った34枚のレコードを持ち、アキは残ったレコードをキャンバス地のしっかりしたカバンに入れて肩にかけている。34枚のレコードを持ったことがあるだろうか?思っているより結構重い。ボクは駅のホームで電車を待つ間、紙袋を二つにして、レコードを17枚ずつに分けて入れ直した。
 中古レコード屋は電車に乗って3つ目の駅のすぐそばの古いビルの2階にある。狭い階段を上るとNorthern River Vinylと書いてあるドアがあって、Riverのiの上の点がレコード盤のように黒い丸の中心が小さな白で抜けている。
 ドアを開けて中に入ると、埃くさいような匂いがする、でも嫌な匂いではない、きっと古いレコードの匂いなんだろう。
「レコードを売りたんですけど」アキはカバンからレコードを出してレジのあるカウンターに載せる。そこで、ボクの目にカウンターにいる女の子の姿が入る、ボクと同じぐらいの年齢か、もう少し上だろうか、どちらにしろ、とてもかわいい女の子に見える。
「あっちのも売りたんですけど」と、アキはボクが持ってきた紙袋を指差す、ボクは女の子に左手が見えないようにポケットに入れ、右手だけで紙袋からレコードを出してカウンターに置く。

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