小説

『ボクと彼女とアキのこと』島田ひろゆき【「20」にまつわる物語】

 できるだけ明るい言い方で「平気、平気」とボクは言う。でも、その後に言葉がでてこない。そして、ボクは彼女に正常な人にみえるように左手を隠していたことが何よりもついてはいけない嘘だったことに気付く。
 彼女は20。ボクはやっぱり、20-1だ。

 彼女との会話もなく、「500日のサマー」が終わる頃に携帯電話が鳴る、アキからだ。ボクはソファーから立って電話に出る。
「何?」
「今、大丈夫?」アキが言う
「平気だよ」
「彼女は来てるの?」
「ああ・・まあ・・・」とボクは曖昧に答える。
「そう・・じゃあ、できたらでいいんだけど・・わたしの部屋の机の上に青い袋が置いてあると思うんだけど、その中にヘッドホンが入っているんだ・・それで、できたらでいいんだけど、それをこっちに持ってきてくれない」
「いいよ、持っていくよ」ボクはすぐに答える。彼女は映画が終わったら帰るだろう、と思ったから。
「え・・いいの?」とアキは聞く、きっとボクが、女の子が来てるから持っていくのを断るか渋ると思ったのだろう。
「じゃあ、たしの名前を言えば、入れるように話しておくから」
「わかった、じゃあ・・あとで」ボクが電話を切ると「500日のサマー」のエンドロールが流れ始める。
「何か用事?」彼女がボクを見て言う。
「うん、姉さんが忘れ物を持ってきてほしいって言うんだ。えっと、姉さんってのは、この前レコードを売りに行った時に一緒いた人だけど、DJをやっているんだ。DJっていっても、プロとかじゃないけど・・・その姉さんが、ヘッドホンを忘れたんで、これから、近くにあるクラブへ持っていくんだ」
「DJをやっているの?」
「うん、前座の前座の前座って、自分では言ってるけどね」
「私も行っていい」彼女が、ボクの思ってもいないことを言う。
「行く・・・の?」ボクは聞き返す。
「私、クラブって行ったことがないし、行ってみたい」

 彼女はボクの少し離れて歩いている。ボクは右手に青い袋を持ち、左手はポケットに入っている、もう彼女はボクの左手のこと知っているのに・・、何か話かけようと思っても言葉が出ず、結局、彼女とは何も話さずにクラブに着いてしてしまう。
 入口でアキの名前を言うと、彼女もボクと一緒に中に入れてくれる。フロアでは大音量で音楽が流れていて青いライトの中にオレンジとグリーンの光が明滅していて、まばらだけど踊っている人もいる。アキはもうレコードを回している。ボクはこの前に来た時にモップをかけていた人をバーカウンターの中にいるのを見つけると、持ってきた青い袋をアキに渡してくれるように頼む。

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