小説

『ボクと彼女とアキのこと』島田ひろゆき【「20」にまつわる物語】

「車があれば楽なのにな」とアキが言う。
「ウチ、今は車ないじゃん」とボクは言う。「運転免許も持っているひといないし」
「そうね」
「父さんがいればな」
「そうね」
「免許、取れば」ボクは聞く。
「そのうちね」アキは答える。

 クラブはビルの地下にあって、学校の教室ぐらいの広さがある。バーカウンターの中で床にモップをかけている男の人がいてアキはその人に話かける、支配人だろうか?
 フロアの奥は少し高くなっていて、そこにターンテーブルが置いてあるのが見える、そこでアキがレコードを回して歌を聞かせているのを想像すると弟として少し誇らしいように思える。
 アキは音のチェックがあるというので、ボクはクラブを出て「500日のサマー」のDVDを探しに行く。ありがたいことに3軒目に入った小さな店で新品を見つける。その後、スーパーマーケットに行き、余ったお金でコカコーラとコカコーラ・ゼロのペットボトルを一本ずつ買う、彼女と映画を見るときに飲もうと思って。
 その夜、冷蔵庫に入れておいたコカコーラ・ゼロはアキが風呂上りに飲んでしまう、でも、そのことについては何も言わない・・お金を貸してもらったお礼にあげたと思えばいい、ボクは水でもいいし、何も飲まなくてもいいんだから。

 
 日曜日の朝、目を覚ました時には母さんとアキはもう出かけていた。ボクは朝食を少しだけ食べてから(緊張していてあまり食欲がない)、リビングに掃除機をかけて、TVの画面を拭く、それからトイレの掃除をして、ソファーの位置とTVの位置を微妙に動かしている時に携帯電話が鳴る、彼女からの電話だ。
ボクは彼女が待つ駅へ早い足取りで迎えにいく、そして駅で彼女の姿をみて本当に来てくれたんだ、と嬉しくなる。
 彼女は赤いジャケットで、その下はTシャツ(ジャケットの開いているところに黒でEとCとTのロゴが見える)ジーンズは黒でスニーカーも黒、そして黒いフレームの眼鏡をかけている。
「眼鏡をかけるんだね」とボクは言い、間抜けなことを言ったかな、とすぐに思う。
「うん、前は眼鏡をかけていて最近コンタクトにしたんだけど、コンタクトだと目が疲れるから、また眼鏡に戻したの」
「似合ってる」とぼくはおもわず言う、本当にそう見えたから。
「え」と彼女は聞き返す。
「眼鏡」

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