小説

『ボクと彼女とアキのこと』島田ひろゆき【「20」にまつわる物語】

 多くの人にとって当たり前のことでも、ある人たちにとっては当たり前ではないことがある。人には手と足の指を合わせて20本あることになっている、でもボクには1本足りない。ボクの左手には中指がない。
 20-1、それがボクだ。
 小さい頃、公園の砂場でボクの左手を見た女の子に「どうしてひとつないの?」と聞かれたことがある、その時にボクがどう答えたかは憶えてはいないけれど、何故そんなことを聞くのか不思議に思ったことは憶えている、その頃は指が一本ないことに疑問を持つことはなかったし、そういう人がボク以外にも当たり前のようにいると思っていたから。
 小学校に入ったボクは同じ手を持っている人が学校に誰ひとりいないことを知り、自分が当たり前だと思っていたことが、そうではないことを知った。そして、必要ではない時は左手をポケットに入れるようになった。でも、ボクの利き手は左手、そこでボクは右手でも字が書けて物も掴めるようになろうとした。右手を使って0から9までの数字と自分の名前を繰り返し書いて、箸は右手で持つようにした。はじめはバランスの悪い下手くそな字だったが、そのうちに字は左手で書いているのと変わらなくなり、箸も使えるようになった。それでも、咄嗟の場合には本来の利き手の左手をつい出してしまう、それだけは直らなかったけれど。
 20-1、それがボクだ。

 
 日曜日の午後、アキがボクの部屋のドアをノックしてから開ける。
「ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど」
「え~」ベッドに寝転がっているボクは渋る。
「何か美味しいもの奢るからさ」
美味しいものっていうのは、きっとハンバーガーかドーナツだろう・・どちらにしてもアキの言うことを断ることなんてできないんだし、「まあ、いいけど」とぼくは答える。「それで手伝うって、何?」
「レコードを売りにいくんだけど、重たいから持ってもらいたいんだけど」

 アキは(ボクの一つ年上の姉、ボクは「姉さん」または「姉ちゃん」と呼ぶのが気恥ずかしくて、名前のアキミのミを取ってアキと呼んでいる)大学に入ると、ある小説にあった「人生をまじめに生きている男は500枚以上のレコードを持っている」という言葉に何かを感じて(何を感じたのかボクにはわからない、そもそもアキは女だし、それに、まじめに生きていないとは思えなかったけど)、レコードを買うためにファミリー・レストランで働きはじめた。

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