小説

『あひるとたまご』或頁生【「20」にまつわる物語】

「それにオマエ、文章書くの上手だし。上手く行けば携帯小説家として印税ガッポガッポから、借金一気に返せるかも知れないぞ」
 それは無いだろうと苦笑い以上大笑い未満も、そんな賞味期限切れの駄菓子みたいな甘い可能性に、一縷の望みを託したかったのも、当時の偽らざる状況だった。

 こうして未知なる分野へのチャレンジが決まり、自他共に認める凝り性の正晃が、最初に悩んだのがブログタイトルだった。
 不特定多数のエンドユーザーに伝わり辛い屋号と営業姿勢でズッコケた自事業の反省も、趣味百パーセントのブログなら、世間様からお咎めさえ無ければ何でも構わないだろうとニヤリ。
 何より現実との対峙で精一杯の毎日が続く中、想像から創造へと繋がるこうした作業は無条件に楽しく、これは新たに夢中になれる趣味になるかもと、密かな期待感が日々膨らんで行った。
「これぐらい真面目に取り組んでいたなら、店を潰さずに済んだかも」
 決して自虐的な独り言ではなく、そんな呟きと同時にようやく捻り出したブログタイトル、それが『あひるとたまご』だった。
 あの日の自転車のタイヤサイズの『20』の『2』は洋子ちゃんのニックネームだったあひる、そして『ゼロ』を『たまご』に準えた自身のセンスに、正晃は1人ご満悦だった。

 
 最初は百回も続けば上等だと思っていたブログも、気づけば更新回数2000回間近となった配信開始から数年後、正晃はある1人の見知らぬ読者から届く、サイト訪問を知らせるサインが気になり始めていた。
 ブログに搭載された『閲覧しましたよマーク』を時折届けてくれるその人物は、相手のブログから察する限り、都内で絵本作家兼粘土細工の講師を務めておられる主婦らしく。
 第三者からすれば退屈極まり無い自身のブログを、こうして飽きもせず覗きに訪れてくれる事を不思議に思う中、訪問を知らせるタイミングに、ある特徴が見られる事に気付いた正晃。
 生まれ育った長屋街の話題や、自身の幼少時の思い出話、そして債務整理の経験談など、ノンフィクションの話題をアップする度、必ず真っ先に報告が届く事。
 一方でフィクション色が濃い内容の記事や、他の誰からからの訪問報告が先に表示された時には、2番手として報告が届く事は無かった。
「きっと何でも1番が好きな方なんだろうな。だから激戦区の芸術の世界でこうして講師を務めて著書が出版出来るんだろう。だけどこれだけの才女が奥さんとなれば、ご主人も色々大変かも」
 自身の作品や展覧会開催の告知など、あくまで業務連絡的な色合いが濃い、見知らぬ女性読者が発信する記事を時折覗きつつ、自らは積極的に訪問を告げる事も無く流れる時間の中、その日は唐突に訪れた。

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