小説

『あひるとたまご』或頁生【「20」にまつわる物語】

 勿論メッセージも何も無い、所定の画面をたった1度クリックしただけのシグナルなれど、正晃にはそれだけで十分だった。

「確かに受け取りました」
「幼い日の私には大変な出来事からのサヨナラだったけど、こうして元気で幸せです。あの頃のお友達にもヨロシクね」
 画面上には数字で『1』とだけ表示される文字の後ろ側に隠れる必要も無く溢れ出す、際限無きメッセージを、正晃はずっと仰視し続けていたその時、今度は手元の携帯に着信が。

「親父へ。今度家を出て結婚したい相手と暮らし始めるから、母ちゃんが1人になってしまう。何かの本で読んだけど、子供が独立したら、夫婦2人で小さな部屋で暮らすのが粋らしいぞ。そこんとこヨロシク」
 かつて一人息子を授かった際に、プロレス好きに乗じて
「こいつを実社会にリリースするまで、20年1本勝負やな」
 そう話して笑い合ったあの日から四半世紀、今は髪に白の面積が広がったパートナーを真ん中に、可哀想ながら親父の遺伝子を隠せぬ男の顔が左、そして可愛い女性の笑顔が右の添付写真が。
 もしかすれば初めて、時代が自分に優しい時と環境を与えてくれたのかも知れぬと、正晃は暫し静かに目を閉じ、ゆっくりと静かに深呼吸をひとつ。
「あの日のあひるちゃんがこうして振り向いてくれて、ゼロだった殻を突っついて割ってくれたのかも」
 長らくの自身のブログタイトルを、次編アップ時から『21』に変更するのは、いくら何でもベタ過ぎるかと、新たな小さなお題目を前に、結構以上に心の奥歯を噛み締め、意を決して心の中で呟いた正晃。

「これでようやく言えるよね。洋子ちゃん。じゃあね。どうぞ元気でね」
 飽きもせず性懲りもなく、こんな最低男とまだ一緒に生きてやろうとする人は、自身のブログの行間を通じ、勿論全てお見通しに違い無く。
 20インチのあの日の自転車の写真は、自身の出棺時に棺桶に入れてもらえるよう、今度タイミングを見計らって頼んでみようか。

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