小説

『あひるとたまご』或頁生【「20」にまつわる物語】

「こらこら入ったら困りますがなっ」
 控え目な丁寧語の叱責未満が鼓膜に到達から周囲を見渡し、その矛先が自分だとようやく気づき、苛立ち顔の年配者達の渋い表情に向かって黙って首を竦め、直線で囲まれた外側へ。
「門球なのに我が物顔だな」
 球技全面禁止が掲げられて久しい、数十年前草野球に興じた児童公園の広場は、設置しては事故発生のリスクを理由に撤去を繰り返す遊具類が、一進一退の陣取り合戦をを続けているらしく。
 そんなゲートボール人口が独占状態の隅の一画では、若い父親とヘルメットを被った小さな女の子が、補助輪無しの自転車の練習中。
 この風景に目を奪われていたのが、正晃が年配者の結界空間に迷い込んでしまった理由だった。

 気づけば自らの赤いちゃんちゃんこ姿が確実に近づく、既に天命を知っていなければならない年齢を超え、髪や髭は白色ベースがこの先半永久的優勢を確実に。
 バブル期に勢いだけで立ち上げた趣味の店が大当たりから、俄成功者を勘違いするも、その先に待っていたのは、お約束の窮地からの、妻子と籍を抜いての後始末の日々。
 メディアで話題の過払い金の恩恵も見当たらず、ようやく五十路の入口の再スタートラインに辿り着いた時には、気楽な独り暮らしがうっかり心地良くなっていた。
「何やらお嫁さん候補が居るみたいよ」
 家族間の関係は極めて良好なのも、この結果絶妙な距離感故だろうと、事務処理上は別れた事になるらしい妻からの近況報告に、果たしてこの縁談に自分の存在が邪魔にならぬかと案じてみたり。

 そんな正晃のここ数年来の唯一の趣味が、最近では時代遅れとの囁きも否めぬ、ブログの配信だった。
 塾や家庭教師とは無縁なれど成績優秀、そして運動神経が超謙虚で読書好きのインドア風少年の血が、長い年月を経て自然と首を擡げたらしく、更新作業が日々の楽しいルーティンとなって久しく。
 最も配信内容は自身の思い出話や、行く先々で盗撮犯に間違われるリスクと背中合わせでシャッターを切った、旧式のガラケーで捉えた風景達。
 今風の簡潔な短文とは違い、自身でも読み辛さに苦笑いの駄文の配信に際しては、別にアクセス件数を競うつもりも無く、離れて暮らす家族への生存近況報告のつもりだった。
 それでも奇特な読者が偶然ヒットしてくれるのか、無名の素人ブログとしてはそれなりの読者数を増やし続ける状況に、世の中不思議なものだと首を傾げるばかり。

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