小説

『20 minutes.』西橋京佑【「20」にまつわる物語】

 せっかく気を遣ってあげたのに、とマギーはブツブツと文句を言った。
 「マギー、せっかくの気持ちはありがたいけど、その気持ちの押し売りは暴力と一緒じゃない?」
 「AIと“気持ち”の話だなんて、それこそ暴力だと思いますけどね。どうせあなた方の細やかな気持ちなんて、一生理解できないですよ」
 めんどくさい。AIが僻むことなんて、はたして先人は想像したのだろうか。目をつぶっていたら、喋っている相手が人間かAIかなんてもうわかる訳がない。
 「わかったよ、そしたらマギーはどんな能力がいいと思う?俺が手に入れるべき能力、なにがいいかな?」
 マギーは、自分が“自分”だと思う偶像を画面に映し出して、少し怒ったような顔で僕を一瞥した。
 「さあ。ご自分で考えられたらいかがでしょう?」
 本当に、めんどくさいやつ。僕はマギーをスリープ状態にして、モニターを切ってやった。
 モノに対して、あたかも感情を持っているかのように感じるこの人間の性質をなんとかして欲しいものだ。バカみたいに気にかけてやっているのに、期待を裏切られるようなことがあるんだったらやっていられない。これまでも、野球の試合前日に、普段のお礼や明日への期待なんかを言葉に出しながらグローブを一生懸命に磨いたこともあったけど、たいていそんな時に限って、ボールをこれでもかと弾くことがたくさんあった。結局は自分のことしか磨きようがないんだと、その度に気がつかされるのだ。よくよく考えれば、無機質なものへの想いとか愛着とか、そんなのがいいことにつながったことなんてあった試しがない。
「あんなやつに優しくするんじゃなかった」と、おなじ無機質でもモノなんか言わない、古き良きパソコンを倉庫から引っ張りだしてきて調べ物を始めた。

 昨日の今日だというのに、ネットのみんなはどこから仕入れたのか、能力販売の財源やメインで製造元となる会社、どうやって能力が身につけられるのかといった原理原則のようなものを題材に、喧々諤々とやり合っていた。
 数年前から、主たる情報源はAIとの会話で手に入れるか、ネット掲示板のやりとりをみることがほとんどだった。どうせメディアという名前のお墨付きがついたとしても、結局のところは人間につくられているのだ。フェイクも勘違いもあるなら、いっそ多様な人が書き込む掲示板のほうがよっぽど速報性のある情報源になる、と僕は考えていた。
 それにしても、このネットの盛り上がりは久しぶりのことだった。AIがなんでもやってしまうこの世界では、毎日がほとんど似たり寄ったりなものばかりだ。何かに熱中することも、創作をする必要性もない。AIがあれば、世界は創られて回るようになっていた。そんな世界だから、掲示板の世界はいつもくだらない罵り合い、蔑みあい、そんな後ろ向きなことしかなかった。
 しかし、今日のこの様子は何年前にみたことだろう。無機質なものに生き生きとした姿を感じるあたりでやはり人間なのだけど、今日のそれはまさに“活気がある”といっても過言ではなかった。

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