小説

『勝てない少年』鷹山孝洋【「20」にまつわる物語】

「ボクはいつでも優しいってば」
 えぇ、なんて少女が言いながら、キャップを開ける。
「だって、かけっこじゃいつも意地悪だもん」
「ボクは紳士的だよ」
「しんし?」
 初めて聞いた、みたいに首をひねるが、少女のその反応は無知だからではない。
「ちょっと、なんでボクを見て首をかしげるのさ」
「ねねキミ、次は国語辞典だして」
「絶対にイヤ」
 なんてやりとりをしていると、少女は笑う。笑いながら少し落ち着いたのを見計らって、ペットボトルの中身をグッとあおった。
 ぷっは~と男勝りに、いつの間にか腰に手を当てていた少女は、ペットボトルから口を離すと少年へと顔を向ける。
「これ、いつか飲んだやつと似てる」
「新製品が出たらしいけど……それ、違いがわかるの?」
「なんとなく。だって全然違うもん」
 少女の言動がなんとなくフラついているのは、やっぱり年齢かなぁと苦笑する少年。少年だ少女だなんて言っているが、見た目年齢は少しばかり差があった。
 少女はまだ十歳になるかならないか、小学校中学年ぐらいの見た目であり、隣の少年は高校生クラス。そんな二人で仲良くかけっこをしていたのだから、あながち兄と妹という表現も間違いじゃなかったのかもしれない。だが、本当にこの二人に血縁関係などはなく。
「これ飲んだら、もっかいかけっこね」
「えぇ……」
 露骨に嫌がる少年に対して、少女がプクッと頬を膨らませる。大変可愛らしい。
「次は、キミに勝たせてあげるかもしれないじゃん」
「いや、いつもボクは勝ってるつもりなんだけど」
「ううん、ゴールまで走ってないからノーカンだもん」
 その言い訳は非常に見苦しい。先に言ったように、この世界は水面のような地面と青い空、あるのは水平線のみという不可思議な世界だ。こんな場所でゴールラインを決められるはずもなく、だとしたら少女の胸三寸という話である。この場合、説明するまでもないが言わせてほしい。少年に勝利の日は絶対に来ない。
「ねえ、いい加減ゴールラインをボクに作らせてよ」
「ダメ」

1 2 3 4 5 6 7 8