小説

『勝てない少年』鷹山孝洋【「20」にまつわる物語】

 走りながら、苦しくなるのがわかってて叫ぶ少女。その少女の言葉に、少年はこたえなかった。
 息を荒くしながら、何度も何度も振り返ろうとする少女。だが、そんな恐ろしい事、できるはずがない。もし本当に『そうだった』としたら、あまりにも悲しすぎる。
「っ!?」
 やがて、少女は自分の第六感が真実であった事を思い知る。少年に思わず抱き着いたあの時、なんとなくだが理解していたのだ。あと一回が最後。あと一回のかけっこぐらいしか、少年との時間は残されていないと。そして、その時間、タイムリミットは訪れたのだ。
「ま、まって……!」
 青の世界に、白が差し込む。
 水平線は塗りつぶされ、空と水は白線に上書きされていき、徐々に色をなくす世界。完全に少女がいた『檻』が消え去るのがわかった。
「やだ! やだやだ! やぁだ!」
 呼吸の事なんて忘れて、ひたすら叫びながら走る少女。世界はもう殆ど色をなくし、全てが立体感をなくした、まさに白一色に塗り替えられようとしている。
「やだ! もっと! もっといる! あたし、あなたと!」
 どんなに走っても、背中はやってこない。どんなに叫んでも、声が聞こえない。
「あなたと一緒! 一緒でいいから! ずっと! いつまでも! だから!」
 そして、世界が完全に色を失う、その一瞬前に。
『もう、檻の番人の役目、二十年の見張り番は終わりさ』
 そんな言葉を、声ではなく、頭で聞かされ、理解させられたような少女だった。

 涙、なんてものを流したのはとても久しぶりだった。涙だけでなく、彼女がその場所で、自らわずかでも動いたのも、実に久しぶりだった。
「…………」
 無言で見上げた先は、白い何か。どこかで似たようなものを見たような気がすると、ボーッとした頭で考えた彼女だったが、すぐに忘れてしまった。そのぐらいに、記憶は曖昧。
「…………ぁ」
 何か叫んでいたような気もしたが、それはウソだとすぐに気付く。だって、自分で声をあげようとしても、そもそもまともな声すらあげられないのだから。出るのはかすれた声のみ、言葉はちょっと難しそうだ。
 そのまま彼女は、無言で白いソレ、天井を見上げる。三十分後ぐらいだろうか、誰かが入ってきて、すぐに出て行ったのを気配だけで理解した。
「…………ぁ」

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