だから、少年は頷く。チラリと確認、なんとも微妙なタイミングだ。
「また……っ、また」
言葉に違和感があるのを、少年は無視して聞き届ける。
「また、あたしが一番とるからっ」
「負けないよ」
少年の言葉に、顔をあげずに身体を前へと向ける少女。その少女の横に並ぶと、今度は思いっきり、前傾姿勢になる少年。手を抜かないぞという合図だった。
「っ!? ……て、手加減しちゃダメだからね」
隣の少女が、そんな少年の姿勢に息をのんだのがわかる。少年は見えていないはずの少女に向かって、小さく頷くと。
「当たり前だっての」
いつだっただろうか、なんて今更に思う少年。思うもなにもない、今からほぼ二十年前の事になる。あの時も少年は、そうやって少女に、手加減抜きの姿勢をとっていたのだ。
「いくよ……いちについて」
少女はまだ、見た目相応の子供でかなりヤンチャな性格だった。そんな少女に、少しは対格差や種族の違いをわからせてやろうと、思いっきり全力を出したのを覚えている。そう、少年は最初のかけっこでは、全力だったのだ。
「よぉ~い……」
その一回から先は、全て手を抜いていた少年。だってそうだろう、いくら全力で走っても、ゴールラインの無い場所で勝手にゴールを作られては、少年がどんなにがんばろうが、少女の勝ちはゆるがない。だから少年は、一度しか全力になる気がしなかったのだ。
「どんっ!」
でも、最後ぐらいは。
「はああぁ!」
最後ぐらいは、本気で相手をしてやりたかった。
いつも通り、全力で走り出す少女の速度は本当に遅い。これでも同年代の間ではそこそこな運動神経のはずなのに、相手が高校生クラスの体格の少年なのだから仕方がない。その少年も、今回ばかりは最初から全力。前を向いていれば、とっくの少年の背中が見えていたはずだった。そう、だったのである。
「っ!?」
誰もない。
「て、手加減しちゃダメだよっ!?」