小説

『勝てない少年』鷹山孝洋【「20」にまつわる物語】

 肩でぜぇはぁ息をしながらも、少女は器用だ。器用に少年の弱点を抉ってくる。少年との距離はほぼ二メートル、この二メートルは意外と大きく、声を届かせるのもちょっとばかし張り上げなければならない。じゃあ、少女はどうやって少年に向かって声を届かせるのかといえば。
「うわああぁぁぁん!」
 泣けばいいのだ。そしてこれが合図となる。
「はぁ……」
 ここが終着点か、と少年がゆっくりとした歩調になる。やがて少年の足がピタッと止まると、数秒後にヨロヨロになった少女がやってきて。
「にひっ」
 なんて言いながら、少年を少しだけ追い抜く。いわゆるウソ泣きだった。
「またあたしの勝ちだね」
 なんて言いながらも、疲労していた事実は隠せないようで、両手を膝につけながら呼吸を荒くしている少女。一方の少年の方はといえば、キロ単位で走れそうなぐらいには体力に余裕があった。
「じゃあ、ボクまた負けか」
「うん、あたしの勝ち。キミの負け」
 なんて言いながらも、余裕の欠片も感じられない少女。少年と比べてみると、明らかに兄が妹に勝ちを譲った図にしか見えない。
「何か飲む?」
 問いかけに、少女はうーんと考え込むと、ようやく上体を起こして言う。
「スポーツの後は、スポーツ飲料」
「オッケー」
 言いながら、少年は地面と水平に手のひらを下にしてかざすと『ソレ』を取り出す。
 この世界において、ある程度融通が可能な少年は、出来る限り少女のサポートを任されている。かざした手のひらに吸い上げられるのは、地面の海のような水、雨粒を逆に降らせて、それをスロー再生しているかのような、一種デジタルじみた光景がしばらく続く。水は彼の手のひらにくっつくたびに何かを形作り、それがペットボトルなる便利な道具になっていくのを、少女はワクワクした様子で見つめていた。
「はい、できたよ」
 やがて、少年の手にはスポーツ飲料の入ったペットボトルが吸い付く。それを逆の手で取って差し出すと、少女は笑顔いっぱいになって受け取った。
「ありがとっ。なんだかんだで優しいよね」

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