小説

『20番目の女』籐子【「20」にまつわる物語】

 いつもそうだ。俊ちゃんは、私達の心にある“言えない言葉”を、普通の事のように言ってくれる。
「俊ちゃんってさ…やっぱ、最高だわ」
「だから、それ、知ってるー」
 私たちは大笑いした。胸のもやもやがすーっと消えていくのが分かった。

 俊ちゃんは洗い物が苦手で、私は洗い物が好き。それは今も変わらない。お皿についた汚れがきれいに落ちていくのが気持ちよくてたまらない。今日のカレー鍋なんて最高だ。
 鍋の汚れを落としながら、私は優未の事を考えていた。
 完璧な女性であろうとした優未。周りからも完璧だと思われていた優未。それが彼女にとって力であり、プレッシャーでもあったのだろう。
 完璧な人間なんていない。必ずどこかに落としきれない心の汚れはこべりついているものだ。

 女は、常に自分が何番目かを意識しながら生きている。
 優未はどこにいても1番である事にこだわりすぎて、1番である事に疲れてしまったのかもしれない。どこかへ逃げ出したくて、もがき続けてきたのかもしれない。私がホステスを辞めたのも、ナンバー1を守り続けなければならないプレッシャーを感じていたからだ。1番であることの誇りと苦しさとの狭間で、心のバランスが取れなくなっていた。

 そんな時、私の心を救ってくれたのは、俊ちゃんのカレーだった。
 俊ちゃんのカレーは、今まで食べたカレーの中で1番とは言えないかもしれない。でも、食べると安心して、心があったかくなる。無性に食べたくなる時がある。順位付けなんてできない。そんな所にいるカレーじゃない。それが俊ちゃんのカレーだ。

 洗い物が終わったので、私はお気に入りのはちみつ紅茶を入れた。
 甘い匂いに気付いた俊ちゃんが、テレビを見ていた顔をこちらに向ける。
「良い匂いがする~」
「でしょ?はちみつ紅茶っていうの」
「やだ、はちみつって超美容にいいんだよ!最近僕もはまっててね、お肌の調子がすごくいいの!」
 そう言って、自分のほっぺたを撫でる俊ちゃん。
「たぶんみーちゃんよりツルツルなんじゃないかな?」
「ちょっと!それ禁句よ」
「ごめんなさ~い」

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