小説

『20番目の女』籐子【「20」にまつわる物語】

 俊ちゃんの無邪気な笑顔に、私はホッとして、安心して、気が付いたら笑った目から涙が溢れ出していた。
「え!やだ、ちょっとみーちゃん、なに?なになに?!」
 俊ちゃんが慌てて私を抱きしめる。
「どーしたの、みーちゃん!やだやだー、僕まで泣けてきちゃうじゃない」
 俊ちゃんの慌てた声が面白くて、私は泣きながら笑った。
「やだー、泣いてるのか笑ってるのかわかんない!ちょっとー」
 こうして誰かの胸で泣くのはいつぶりだろう。安心できる人の胸は、こんなにも暖かかったんだ。

 俊ちゃんのカレーは、相変わらずおいしかった。でも、一緒に住んでいた頃よりスパイスの味が変わっていた。今の彼氏の好みなんだろう。
「俊ちゃん、スパイス変えたでしょ」
「あ、分かった?ダーリンがこっちの方が好きだっていうから、改良したの」
「やっぱり。すごくおいしい」
 俊ちゃんは嬉しそうにカレーをほおばる。
「俊ちゃんはさ、今の彼氏に、自分の強いところも弱いところも、全部見せられる?」
「うん、見せられるよ。ていうか…隠せないって言った方がいいかも」
 考える間もなくすぐに答えが返ってきたので、私は少し驚いた。
「隠せない?」
「そう、私達みたいな人種って、そもそも自分を隠して生きてきた訳じゃない?それを隠さないで生きていこう!って決意して生き始めたわけだから、隠しようがないのよ、全部」
「…そっか。隠さずに生きるって事が、俊ちゃんたちの選んだ生き方だもんね」
「そう。それが良いのか悪いのかは別として、隠してたら僕たちは素直に生きることができないからね」
 確かに俊ちゃんは出会った時から素直だった。それは、全て隠さずに生きていこうと決意した人間の覚悟からくるものだったんだ。
「でも、ノーマルの人は逆に大変だよね」
「大変?」
「うん。だって、固定観念っていう枠に常にはめられて考えられる訳じゃない?男はこうだとか、女はこうあるべきだとか。そこから外れるには、強い心が必要になる。でも僕たちみたいに完全に異なるわけじゃないから、どちらにも付けず、すごくもどかしい想いをするんじゃないかって思うの」
「固定観念か…そうだよね。女は結婚して子供を産んで優しい母となり、良き妻として夫を支えるべきだ、みたいなね」
「そう。女だって今は働く時代でしょ?職場では男のようにたくましく働くことを求められ、家では女として家事をして夫を支えることを求められる。そんなの、無理な話よ。でもそれを当然に求められるから、皆吐き出せないストレス抱えちゃうんだよね」

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