小説

『20番目の女』籐子【「20」にまつわる物語】

 甘い匂いが部屋を包み込む。私は、テレビを見ながらソファに座る俊ちゃんの隣に腰を下ろした。ふたりで暮らしていた頃はこうして並んで座って、よく深夜までたわいもない話をした。恋愛の事、仕事の事、家族の事。年をとると、女同士じゃない方が話しやすい事もある。

「ねえ俊ちゃん。こういう考え方、俊ちゃんは嫌いだと思うんだけど…」
「なに?」
「結婚相手に選ばれる女が、男にとっての1番目の女だと思う?」
「あー、それ僕が一番嫌いな考え方」
「はい、それは百も承知です…」
「ま、今日は特別に許してあげるけど」
「ありがと」
「んー、そうだな、1番目の女か…」
 俊ちゃんはゆっくりと紅茶を飲み、しばらく黙っていた。目の前のテレビでは青春真っ盛りの学園ドラマが流れている。好き、嫌いだけで突き進めたこんな時代は、はるか昔に置いてきた。
「自分のランキングを気にする人は、きっと永遠に1番にはなれないよね」
 テレビ画面を見ながら俊ちゃんがぼそぼそと喋りだした。
「どういうこと?」
「だってそういう人って、1番になっても満足できないでしょ?いつか2番になるかもしれないっていう恐怖心が勝っちゃうから。いつまでたっても満たされない、底抜けのコップに必死で水をためようとしてるのと一緒なんじゃないかな」
「永遠に満たされないコップか…」
「きっと1番目の女っていうのは、自分が何番目かなんて気にもしてない女よ。無欲だからこそ、1番という称号を得られるんじゃない?」
「そう…かも」
 そうだ。私が店でナンバー1を取った時も、順位なんて気にしていなかった。毎日お客さんと向き合う事で必死だったから。ランクを気にして小手先の技術だけで這い上がろうとする女の子達は、本来の目的を見失って目の前の評価を上げる事でしか満足できなくなっていて、なんだか少し哀れに見えた。
 今の私は、あの頃の彼女達のようだ。
 自分が恥ずかしくなり、俊ちゃんの顔を見る事ができなかった。

「みーちゃんは…20番目の女かな」
「え?20番?」
 私は思わず叫んで俊ちゃんを見た。いつも通り私を笑わそうとしてるんだろうと思ったら、意外にも俊ちゃんは真面目な顔で私を見た。

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