「結婚は墓場」という言葉はもはや死語になった。結婚とは、ハンドメイドな結婚式で永遠の愛を誓い、大勢の人に派手に祝ってもらい、“幸せな自分”を噛みしめるもの。
でも、それが絶頂。それはたった1日限りの夢。
その先に待っている生活は、逃れようのない現実だ。その現実を思い知った男達が、自然と私のような女によって来る。
ランチを食べ終えて優未と別れた私は、ぶらぶらと街を歩いた。こんなに寒いのに、もう春物が並んでいる。いつからか、流行は瞬く間に私の前を通り過ぎていくようになった。
ふと目線を上げると、正面のガラス越しに優未を見つけた。待ち合わせなのか、誰かを探しているようだ。職場に戻ると言っていたはずなのに。
なんとなく気になり、私は隠れて様子を見ていた。
しばらくして優未のもとに走ってきたのは、私の知らない男だった。カピバラさんとは正反対の、イケメンの細マッチョ。優未はくしゃくしゃのあの笑顔をその男に見せた。私の知らない優未が、そこにはいた。優未は嬉しそうに腕を絡ませて、人混みへと歩いていく。私はその後ろ姿が消えるまで、ただ呆然と見つめていた。
夕暮れの空は、心に秘めた想いをすべて包み込んでくれる。醜さや汚さもすべて。私はガードレールにもたれかかり、行き交うカップルたちを見つめていた。
強い上司であり、立派な母であり、優しい妻である優未が、唯一何も考えずに身を委ねられる相手は、家族でも同僚でも友人でもない、あの男だったのだろうか…。
気が付くと、月明かりが私の足元を照らしていた。
「さ、帰ろ…」
いつもより身体が重い。私はゆっくりと歩みを進めた。
家に帰ると、明るい部屋からカレーの匂いがした。
「俊ちゃん?」
「あ、おかえりー!ごめん、勝手に上がってたよ」
俊ちゃんは、前の同居人。彼は今、新しい彼氏と同棲している。
「すっごい良い匂い!お腹すいてきた~」
私はさっきまでの沈んだ気持ちを振り払うように、明るく振舞った。
「ほんと?良かった」
「今日彼氏は?」
「出張なの。だからみーちゃんに会いたくなって、来ちゃった」
「俊ちゃんって…いつまでたってもかわいいね」
「それ、知ってるー」