小説

『盗人と天女』多田宏(『竹取物語』『羽衣伝説』)

「どういう事かしら?」
「だって、そうだろ? 結局、かぐや姫は皇子(みこ)どころか帝(みかど)まで手玉に取っただけじゃねえか? 蓬莱(ほうらい)の玉(たま)の枝(え)だの龍(りゅう)の首飾りだの、ありもしないお宝を探させるなんて、性格(たち)が悪いぜ。中には命を落とした皇子(みこ)もいるんだろ?」
「それはそうね。でも、姫も気の毒に思ったと言っていますわ。それに月に帰る前にかぐや姫は帝(みかど)に不老不死の薬を差し上げましたわ。もっとも帝はそれを不二(ふじ)の山で燃やしてしまわれたけど」
「大方、癪(しゃく)に障(さわ)ったんだろうな」
「思い通りに行かないと、帝でも形見の品を捨ててしまわれるのね」
「芙蓉、俺が言いたいのはさ、こういう事なんだ。若い娘っ子にゃ良くある事だがけどよ、嫌いでもないのに男にわざとツンとしたり、つれなくしてからかうとか、どこまでわがままが通じるか試してみたり、あるいは何人かの男に自分を争わせてみたり、そういうの、男に対して無礼じゃないのかい? 恋の駆け引きってやつだろうけどな」
「ああ、そういう事ね。助左、あなたの言いたいこと、解ったわ。かぐや姫も自分の内面を知ってくれないのでは嫁(とつ)ぐ気になれないと言っていたけど、男はまず女の見目形(みめかたち)に惹かれるんですものね。だから容色(きりょう)の良い女は少しうぬぼれるのかも。そして自分の若さや美貌の力を試したくなるとか。でも、それ、男にも当てはまるんじゃないかしら?」
「え、どういう事だい?」
「あなたが大嫌いな公卿たちみたいに位(くらい)が高かったり、お金が有ったり、見目が良かったりする男は女を大切にしないわ。女の体と美貌だけが狙いで、相手の気持ちなど解ろうともしない」
「女の美貌は男の地位や富と同じか。なるほど、そうかもしれぬなあ。だが、美しいからと言って女が何をしても良いわけではないし、男もだよ。女を大切にしないとな」
「その通りよね。あなたは、本当に私を大事にしてくれたわ。でも、人間はそういうように出来ているのかも」
「あはは。よし、これからは公(きん)達(だち)どもが女の機嫌を取ろうと贈り物に持って行く宝石や着物を盗んで恥をかかせてやるとするか。ところで芙蓉、天界にも恋はあるのかい?」
「ないわ。でも、あなたと暮らしたおかげで少し解ったかも」
「そうかなあ? 俺もお前と夫婦(めおと)みたいな暮らしをして来たけどよ、正直、ままごとをしていたみたいな気分だぜ。やっぱり俺は人間なんだなあ。芙蓉、お前は人間の女と違って化粧(おつくり)もしないでも、うっとりするほどきれいだが、人間はそうはいかねえんだ。人間の恋なんて、所詮ウソのつき合いかもしれねえが、それが人間の性(さが)なんだろうな」
「天界の住人はウソをつかないから人間のような恋が出来ないとおっしゃるのね」
「どっちが良いか、それは俺には判らねえ。だけど、俺たちは別々の道を歩むしかねえんだろうな」
「好きな男の人に嫌われたり、飽きられたりするの、人間の言葉では何て言うの?」

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