「あなたは私たちが湯浴みしている姿を一部始終見ていたのですね?」
「そ、そうだよ」
「戯(たわむ)れに地上に降りて湯浴みなどしたのが間違いでした。仕方ありません。すべて話しましょう。私は天帝様に使える女官です。それだけに人間には持ちえない力、些(いささ)かの神通(じんずう)を備えております。しかし、人間のあなたに姿を見られたことで、それも少くなってしまいました」
「どんな神通力なんで?」
「おほほ。害をなす人間の命を奪う神通力ですわ。でも、もはやそれは敵わなくなりました。羽衣の在(あ)りかも自分では判らないし、あなたを殺す力もないのです」
ほっとした助左の心を読んだように娘は言葉を続ける。
「でも、貴方がウソをついたり、悪事をたくらんだりすれば、少しのお仕置きは出来ますわ。痛い思いや怪我をさせるとか。さあ、今度はあなたがご自分の事を話してください」
娘の眼がさっきのように助左の心の奥を見通すように光る。助左は自分の生い立ちから盗人稼業の事まですべてを打ち明けてしまった。
「盗みですか? どうも人間のする事は判らない事だらけです。何かを盗んで、どうするのです? 食べる物が無いから盗んで来て食べるのは、まあ解ります。でも、自分では使わない太刀や簪(かんざし)を盗むのはなぜです?」
「そりゃ、威張り散らして、人を人とも思わない公卿どもに一泡(ひとあわ)吹かせるためだい」
「嫌がらせ、ですか?」
「まあ、そうかな。それより、俺も天界の事をいっぱい知りたいんだが、教えてはくれないかい?」
「どんな事を知りたいのですか?」
十二単姿の天女は、また一口白湯を飲むと助左を促した。目が笑っている。
「天界でも夜は寝たり、美味(うま)い物を食べたり、ま、何だ、人間みたいな暮らしをしているのかい?」
「天人(てんにん)や天女(てんにょ)も夜は寝ますが、食事はしません。千年に一度、天帝様の宮殿の庭の桃の実を食べて齢(よわい)を保つのです。盗みをする者はいません。何かを誰かに持って行かれても、品物はそれを入り用な者が使えば良いと思っていますから、何かを盗まれたと騒ぎ立てる者はいませんし、その品物はまた戻って来ます。相手が今必要だと思うような品を盗む者はいませんし、誰も食事はしないのですから、食うに困って盗みを働くという事はないのです。
しかし、ウソをつく者がいないわけではありません。そういう者は厳しく罰せられます。中には地獄に落とされる者もいます。まず、閻魔大王様に舌を抜かれます。それから、ありとあらゆる責め苦を受けるのです」
「どうしてウソつきにはそんなに厳しいのかなあ?」