小説

『くじの糸』青木敦宏(『蜘蛛の糸』)

 太一は玄関ドアを全力で押した。絶対に開けられてはならない。
「誰だか知らんが手伝ってくれ。あんたの言う通り、疑われるのは間違いない」
「そうか・・・」
 男はドアが開かないように、一緒に押さえてくれた。
 福之平はドアを押さえながら、心の中で計算していた。ここで警察に捕まるような事があったら、まるで貧乏神の仕事だ。せっかく座敷童から福の神に昇格したばかりだというのに・・・。
「君、奸田太一くん、とりあえず時間を稼ごう」
「・・・はい」
 って、なんで俺の名前まで知ってるの? 
「あんたは、いったいどこの誰だ?」
「通りすがりの・・・福の神だ」
 やば・・・警官と大家が乱入してくるより、こいつと一緒に居る方がやばいかもしれない。
「もうしばらくの辛抱だ。頑張れ、太一くん」
 何がもうしばらくなのか、さっぱりわからん。
 外からは、開けろ開けろと言う声が、だんだん大きくなってきた。近所の住人が騒ぎを聞きつけて出て来たらしい。それにしても、この危ない人・・・福の神だと言っていたが、すごい力持ちだ。外から何人かがドアを開けようと押しているのに、ビクともしない。
「あの、ええと、福の神さん?」
「うん、何かな?」
「金を、隠したいので、このドアを開けられないように押さえてもらっていても、いいですか?」
「うん、元よりそのつもりだよ」
「じゃ、よろしく」
 太一はドアを福之平に任せて、万札の回収を始めた。
「あ、太一くん、今何時かな?」
「え、ええと、もうすぐ零時。夜中の十二時です」
 この事態に何時だっていいだろう。おかしな奴だ。いや、それより金の回収が先だった。
 太一が足元の万札を数枚握った時、テレビの番組が十二時を知らせた。
 ピ・ピ・ピ・ポーン 12月29日です。今週は特番、突撃XXの時間ですよぉ・・・
「あ、日付が変わったね。よかった、これで安心だ」
はあ? 意味不明な言葉を聞いた次の瞬間、玄関ドアが「バン」と勢いよく開けられた。
「君、薬物検査を受けたまえ。ちょっと警察まで来るんだ」

1 2 3 4 5 6 7 8